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ENGINEER'S CROSS TALK

初代4K有機ELテレビ『A1』開発者座談会4K有機ELテレビ『A1』はいかにして開発されたのか? プロジェクトに携わったエンジニアたちによるクロストーク。

初代4K有機ELテレビ『A1』開発者座談会

左から

企画担当 中野 陽介さん
2003年新卒入社。新規商品の企画マネジャー。
電気担当 溝端 勇太さん
2014年新卒入社。大江さんの下で、ハイエンドのシステム設計を担当。
電気担当 大江 崇之さん
2003年中途入社。ハイエンド向けテレビのプロジェクトマネジャー。
メカ担当 近藤 晋平さん
2003年中途入社。OLEDテレビのプロジェクトマネジャー。
メカ担当 小坂 将也さん
2012年新卒入社。OLEDテレビの筐体設計を担当。
「チャレンジのない商品なんてやっても意味がない」。
高いハードルが切り拓いた、テレビの新たな可能性

2007年末に、世界で初めて有機ELテレビ『XEL-1』を世に送り出してから10年。2017年、ソニーの開発史に刻まれる新たなテレビが再び誕生した。4K有機ELテレビブラビア®『A1シリーズ』。当時のソニーのテレビ史上最高画質を誇る4K液晶テレビ『Z9Dシリーズ』に用いられた4K高画質プロセッサー「X1™ Extreme(エックスワン エクストリーム)」を搭載するなど、ソニーの高画質技術を惜しみなく投入するとともに、パネルそのものを振動させることで画面から音を鳴らすソニー独自の音響システム「アコースティック サーフェス」を搭載。スピーカーレスという、従来のテレビの常識を打ち破るデザインを実現させた。このテレビはいかにして生まれたのか?開発に携わったエンジニアの皆さんに話を聞いた。

左から

企画担当 中野 陽介さん
2003年新卒入社。新規商品の企画マネジャー。
電気担当 溝端 勇太さん
2014年新卒入社。大江さんの下で、ハイエンドのシステム設計を担当。
電気担当 大江 崇之さん
2003年中途入社。ハイエンド向けテレビのプロジェクトマネジャー。
メカ担当 近藤 晋平さん
2003年中途入社。OLEDテレビのプロジェクトマネジャー。
メカ担当 小坂 将也さん
2012年新卒入社。OLEDテレビの筐体設計を担当。

PART.01プロジェクト始動

始まりは、極秘だった

中野 陽介さん

——『A1シリーズ』の開発は、どのような流れから始まったのでしょうか?

中野
『A1』の開発はもともと2016年の初めに、社内でも超極秘プロジェクトとして始まりました。与えられたミッションは、「ソニーの有機ELテレビをつくれ」。極秘ということで、最小限のメンバーだけが広いフロアの中の1カ所にギュッと集められました。その後、コアメンバーを中心に、必要な人材を集めていきました。
大江
私が参加したのも途中からです。溝端さんなんてもっと唐突だったよね。
溝端
はい。私はこのプロジェクトについて全く知らされずに、急きょ「来月から新しい課に移ってほしい」と言われました。新しい席について初めて「有機EL、やるから」と言われて。
中野
私たちはみんなそれまでずっと、4K液晶テレビの開発に取り組んでいました。実際、一足早く開発されたハイエンドモデル『Z9D』は、ソニー史上最高画質を誇る液晶テレビです。しかし、私たちに課されたミッションは、この液晶テレビの、ある意味では“ライバル”となる商品を開発すること。だから社内としても、極秘に進める必要があったのです。

PART.02コンセプト決定

「リビングルームをアップグレードするテレビ」を

近藤 晋平さん

——具体的な開発のコンセプトはどのようなものだったのですか?

中野
私たちは、「画質」「佇まい」「使い勝手」という三つの柱をずっと大切にしています。この三つを基軸に、「液晶にはできない、有機ELならではのテレビ」、「リビングルームをアップグレードするようなテレビ」をつくりたいと考えました。そこから生まれたのが画面を揺らして音を鳴らす「アコースティック サーフェス」という独自の音響システム。画(え)と音が同時に迫ってくることによって、スピーカーやスタンドをなくすことができ、目の前の映像に没入できるデザインを実現できました。
近藤
私はメカ設計の責任者としてプロジェクトの最初から関わりましたが、正直、最初にアコースティック サーフェスの技術を採用し企画化したいと論議をしていた際には、不安しかなかったです(苦笑)。もちろん、「アコースティック サーフェス」という技術を商品化できれば素晴らしい。一方で、スピーカーレスにするということは、進み出したらもう後戻りが完全にできなくなるということ。退路を断つと言えば潔いですが、実際には不安を払拭すべく、やり切る為にはどうすればいいか、何をすべきか毎日考えていましたね。
小坂
私は2016年4月末からこのプロジェクトに参加し、近藤さんの元でメカ設計を担当しました。参入して最初に思ったことは、メンバーの皆さんの使命感の強さです。今冷静に振り返ると、あの頃検討していたものの中には、かなり攻めすぎなデザインもあった(苦笑)。でも、それはメンバー全員が「ソニーの有機ELテレビ」というミッションに対して、本気で向き合おうとしていたから。私も「これぐらい奇抜なデザインでないとソニーとしてこのモデルは出せない」と自然に考えるようになりました。
近藤
確かに、通常のテレビでは採用しないような機構設計がいっぱいありました。例えばこんな大きなヒンジの開発なんて、あまりやらないですからね。
小坂
加えて、近い席でいろんな部署のメンバーと一緒に開発しているので、メカ屋が傷つくようなことをグサグサと突っ込まれる(苦笑)。 
近藤
でも、そういうやりとりにも、「ソニーらしさ」があると思いましたよ。私は中途入社したから特にそう思うのですが、要素技術なんて、開発部隊がガチガチにやってしまうのが普通。それがソニーでは「自分でやってみなさい」と言われる。しかも、失敗しても責められない。いかに迅速に問題解決や日程をキャッチアップするかに重点をおいてくれる。メカ屋としては、最終形態に持って行くまでにいろんな形を検証させてくれるので楽しかったですよ。
「リビングルームをアップデートするテレビ」を

PART.03光明が差した瞬間

デモを聴いて、みんなの顔が変わった

大江 崇之さん

——メカ設計だけでなく、電気制御にも高い技術が注ぎ込まれています。システム設計面で難しかったことは何でしたか?

大江
一言で言えば、「前例がないこと」——これに尽きます。私個人は、放送局用の有機ELモニターの開発に携わったことがあるのでまだ良かったのですが、溝端さんにとっては、液晶テレビのシステム設計から異動してきたばかりということもあり、余計に大変なことも多かったはずです。
溝端
そうですね。『A1』を駆動させるプロセッサー自体は、4K液晶テレビ『Z9D』にも用いた「X1 Extreme」なのですが、制御しようにもそもそも有機ELパネルの扱い方がわからない。液晶に関しては自分の知識も社内のノウハウも蓄積されていますが、有機ELについては全くゼロです。“基本のキ”から勉強し、制御方法を覚え、「音を鳴らす」「絵を映す」という機能一つ一つをクリアしていきました。
大江
液晶パネルは背面に敷き詰めたLEDバックライトを光らせて画像を映し出しますが、有機ELパネルは、画素を構成するピクセル自体がそれぞれ単体で光る自発光デバイスです。原理的には、液晶テレビよりもコントラストを高められるわけですが、より見栄え良く映るにはどうすればいいか、溝端さんはかなり根気よく検証してくれました。
近藤
本当に地道に進めてきましたよね。今だから言えますが、このプロジェクトには当初から「ソニーの有機ELを」「今までのテレビの流れを変える有機ELを」という期待が掛かっていて、その分プレッシャーもありました。もちろん私たちも誰一人として普通の有機ELテレビを出そうなんて思っちゃいない。でも、見たことのないものをつくる開発に、わかりやすい正解はありませんからね。一つ一つ真剣に検証を繰り返しながら進めていきました。ただ、その中でも大きな決め手となり、「いける!やるしかない!」という決心と確信を皆で共有したのは、音担当がデモをやってくれたときでしたね。あの音を聴いた瞬間、みんなの顔が変わった。「これやらないでどうするんですか!」と周りが言ってくれたんですよ。あの一言は私にとっても大きな自信につながったし、社内的にも「いけるぞ!」という気運につながったんじゃないかと思っています。

PART.04エンジニア魂

挑戦していなきゃ、ソニーじゃない

溝端 勇太さん

——ソニーのテレビ事業にとっても大きな節目となる『A1』の開発でした。一連のプロジェクトを通じて、皆さんが感じたこと、学んだことは何ですか。

溝端
「やったことのないことでも、ちゃんと勉強すれば、どうにかなる!」という自信につながりましたね。始まったときは不安も大きかったですが、一つ一つ勉強して知識を身に付けることができました。あと、忙しい中でも楽しんでやれたことが、自分にとってすごく大きかったです。それこそ秘密のプロジェクトだったので、ソフト、メカ、企画、パネルといったメンバーの皆さんがギュッと近くに集まって、会話もすぐにできた。メンバーと密に仕事をしていく中で、自分のことだけでなく、全体の仕事の流れも意識する考え方が身に付きました。今ではこのプロジェクトに携わったことが私の宝物になっています。
小坂
同じ気持ちですね。本当にたくさんの学びがありました。今までは、これまで蓄積してきたノウハウを学び、それを満たすための設計をしてきたのですが、今までにこれだけ大型のインチで、ヒンジ構造を採用したことがないため、ノウハウだけでは対応できないところがあり、自分の頭で評価内容を考えて、量産に漕ぎ着けるまでのスケジュールを設定できた。これは設計者として本当に大きな経験だったと思います。
近藤
そうですね。あと個人的には、「アコースティック サーフェス」で、独特の佇まいを実現できたのは、設計者としての自信にもつながりました。苦労もありましたが、携われて良かったと思っています。
大江
嬉しいこともつらいことも経験しましたが、初号機を出せたことに大きな意味がありますよね。ソニーのテレビの新しい路線を切り拓くことができたと思います。
中野
『A1』はビジネス的にもうまくいっていますし、大江さんが言うように、「ブラビア全体に新しい道筋をつける」、「テレビの新しいカタチを世に問う商品」になったと思っています。私たちはいつも「チャレンジのない商品はつくっても意味がない」と思いながら取り組んできましたが、その想いと技術を積み重ねて形になったときは、やっぱり感動しましたね。
小坂 将也さん

——前例がないことに挑戦する、皆さんの原動力を教えてください。

近藤
月並みな表現ですが、やっぱり「情熱」じゃないですか。ネガティブな人はいなかったですよね。新しいものをつくりたい。こういう技術に挑戦したい、という情熱家が集まった。ソニーは基本的に情熱家が多いんですよ。
中野
そうですね。中でもこの『A1』は自分が携わった商品の中で、一番本気でケンカしたプロジェクトだったと思います。お互いがコミットしていることでも、現実的に詰めていく段階で「どうしても無理」となってしまうことがあって、でもそれに対して、みんなで粘って粘って解決する方法を一件一件議論していきました。
近藤
でも、そうやってお互いに最大限努力したところでぶつからないと、いいデザインに落とし込めないですから。
中野
本当にそう思います。いい商品ができているときって、プロジェクトの“熱量”が全然違う。それを先輩たちの仕事を見て、私も学んで来たんです。

MESSAGE

未来の“エンジニア”へ

——最後に、就職活動中の学生の皆さんにメッセージをお願いします。

溝端
「なんでもやるぞ」という気持ちの人に来てほしいですね。「これやりたい」だけじゃなく「これもやってみたい」「手を拡げてみたい」という好奇心旺盛な人と一緒に仕事がしたい。私自身、毎年のように新しいことをやって、その分、成長している実感があります。
小坂
私は、たとえ、否定されたとしても自分の強い意志を持っている人。こうしたい、という、周りから反対されても、自分でやりとげるために前向きに努力、検討できる人とぜひ一緒に働きたいですね。芯のある人がいいですね。
近藤
僕らメカ屋には、明るくてポジティブな人が合うと思います。加えるなら、情熱と芯のある人、チームワークも必要です。技術的な専門知識については入社してからも身に付けられますから、そこはあまり心配しなくていいんじゃないかな。
大江
知識と仕事は必ずしも直結していないように思いますね。それよりは、好奇心、センス、チャレンジできる人が向いています。あともう一つは、オンとオフがしっかりできる人。仕事をきちっとして、きちっと休む文化がソニーにはあります。
中野
僕は企画の立場からすると、「本気でバチバチやれる人」に来てほしいですね。「一緒に戦える人、戦友求ム!」という感じです。「お友達」じゃなくて「戦友」。本気でやりあえる人。かつ、オフもしっかりと取る。
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