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レンズの力で病気と向き合う人々を笑顔にしたい

加藤 隆史
ソニー株式会社 メディカルビジネスグループ・メディカル設計部門 機構設計部

カメラに魅せられ、カメラを愛した少年時代

私は小学生の頃、スイミングクラブに通っていて、練習が始まるまで時間があるときは、近くのカメラ店をよくのぞいていました。虹色に輝くレンズ、キラキラと光るダイアル、ピアノのような光沢のある黒いボディ。私はその美しさに心を奪われ、それ以来、カメラが大好きになりました。カメラの図鑑やカタログも集めました。70〜80年代のカメラだったら、今でも全メーカーの全機種名を言えると思います。
大学では精密工学を学び、将来は漠然と多くの人に使ってもらうことができる民生用の商品設計がしたいと思っていました。そんなとき、あるカメラ雑誌でカメラメーカーの工場見学の記事を目にしました。そこにはカメラの技術者になる方法なども書かれていて、今まで自分の夢の職業だったカメラ技術者になれるかもしれないことに衝撃を受けました。民生品の設計ならどんなものでもいいと思ってはいたものの、もしカメラの設計ができたら一番幸せだと思い、カメラメーカーへ就職することを決めました。

趣味は写真旅行。大好きなカメラと一緒に、これまでに約25カ国を訪れました

憧れの職業に就き、レンズの設計に邁進する

入社後は一眼カメラの交換レンズの設計部門に配属になりました。当時はフィルムカメラの時代で、新人である私が一眼カメラのビジネスにおいて重要な交換レンズ設計の部隊に加わることは、カメラの光学特性を理解するという大きな意味があったと思いますし、そのときに学んだレンズ設計の基礎は、今でも私の技術者としての礎となっています。その15年後、ソニーに移って、新しい事業の柱と期待されていたデジタル一眼カメラの設計に携わるようになってからもレンズ設計を担当し、前職と合わせて計20本のレンズのプロダクトマネージャーやプロジェクトリーダーを務めました。中でも印象に残っているのが、デジタルスチルカメラ『DSC-RX100』のレンズユニットの設計です。「一眼カメラのようにきれいに写るコンパクトカメラを作る」という命題を受けたときは、できるわけがないと思いましたが、試行錯誤を繰り返し、なんとか製品化できました。『DSC-RX100』は世界的にも注目されるヒット商品になり、その設計に携われたことを誇りに思っています。
その後はメディカル設計部門に異動になり、4K外科手術用内視鏡と4K 3D手術用顕微鏡のレンズユニットのプロダクトマネージャーを担当しました。一般のお客様が使う民生品ではなく、プロフェッショナル向けの製品設計をするのは初めてだったので、最初は戸惑いもありましたが、ゼロから新しいものを作る仕事はとても楽しく、改めて設計する醍醐味を感じました。

新卒で入社したカメラメーカーで。憧れの仕事に就けて、とてもうれしかったです。

腱鞘炎けんしょうえんの診断から、ステージⅣの肺腺がんに

2018年には、セルアイソレーションシステム『CGX10』の光学モジュールの設計を担当。セルアイソレーションシステムとは、レンズで集光したレーザー光を用いて、狙った細胞を高精度、高純度で分取する装置です。がんや自己免疫疾患などの治療法として注目されている細胞免疫療法に必要な細胞薬の製造に役立てられます。医療の最先端の領域で、人の命を救うことに貢献できるこの仕事は、やりがいを感じました。
2019年には『CGX10』の試作が始まりましたが、その頃から自身の右前腕に痛みを感じるようになりました。なかなか治らないので整形外科を受診すると、腱鞘炎けんしょうえんと診断されました。その後、受診した人間ドックで、ある血液成分が通常より数倍高かったことが気にかかり、紹介してもらった別の病院で詳しく調べてもらうと、肺腺がんが右上腕に転移したものだとわかりました。人間ドックでは胸部X腺の結果はAだったのに、そのすぐ後にステージⅣという衝撃の判定が出て、私自身、言葉を失いました。

メンバーをサポートしながら、レンズ設計の知見を受け継ぐ

がん治療を始めることになり、まずは放射線治療をするために約2週間入院しました。その後は自宅療養と入院をくり返し、約3カ月間休暇を取得しました。休暇前は光学モジュール設計のリーダーとして『CGX10』に専任していましたが、復帰後は上司から「加藤さんのこれまでのレンズ設計の知見を生かして、課をまたいで設計メンバーを啓発してほしい」と言われ、『CGX10』以外の製品の設計者に対してもガイダンスや図面のチェックなど、レンズ設計の指導やサポートを行っています。また、『CGX10』は2022年秋の発売が発表されて、「ソニーの細胞解析装置!最先端医療費の低減へ」とテレビで紹介されました。光学モジュールの設計を手がけ、今までに設計でたくさんの苦労を重ねたことが思い出され、うれしさのあまり涙がこぼれました。
現在は抗がん剤治療を受けていますが、異なる種類の薬を使い始めるときには、2〜3週間の入院が必要になります。最初の頃は、有給休暇を利用していたのですが、2020年4月に拡充されたソニー両立支援制度「Symphony Plan(シンフォニー・プラン)*」のライフ休暇(両立支援の観点から付与される特別休暇)も利用するようになりました。

* Symphony Plan(シンフォニー・プラン)では新たに、がんの予防・発見、治療および、仕事との両立をサポートする制度を拡充しました。がん治療では早期発見が非常に重要であると言われており、人間ドック医療機関と、健康保険組合、健康管理部門と連携し、精密検査受診率向上のための個別フォローを強化しています。また、がんに対する意識、知識、理解の向上のため、がん専門家監修による「予防から治療」に関するe-learningを全社員必須のプログラムとして実施。さらに、がん治療と仕事を両立する社員の柔軟な働き方として、短時間勤務やフレックス勤務を導入しました。

家族がいるから、治療も仕事もやめることはできない

私の人生のモットーは「流れに逆らわない」ということです。流れは、そのときの環境が自分に対して「こうしたほうがいいよ」と言っているメッセージだと思っています。新卒でレンズの設計を担当することになったときも、メディカル設計部門に異動になったときも、流れに従ってきました。がんになったときも、流れに逆らわず、まっすぐ前を向いて設計者の道を歩いていこうと決めました。それに、私には家族がいます。これから先も家族とともに生きていくためには、仕事を辞めるという選択肢はありませんでした。
がん患者にしかわからない悩みや苦労を解決するものをつくりたいという思いも、私が仕事を続けている理由の一つです。抗がん剤治療を行っていると、発熱や足のしびれなどが一定の周期で発生する傾向がありますが、それをスマートフォンが前もって教えてくれたら便利だなと思い、自分で「がん化学療法副作用予報アプリ」を発案しました。このアイデアはSony Startup Acceleration Programが主催する社内のオーディションでイノベーター賞を受賞しました。
また、がんになって思うのは、家族を泣かせたくない、笑顔にしたいということです。その思いは、自分自身のがん治療の支えにもなっています。実は先日、母が私と同じ肺腺がんで亡くなりました。私は「人々を救う製品をつくりなさい」と母から命を託された気がしました。母が守ってくれていることを感じながら、家族や周りの人はもちろん、病気に立ち向かう人やその家族を笑顔にするために、これまで行ってきたレンズ設計の知見を生かして、新しい製品や事業の創出に挑戦していきたいと思います。