有機ELディスプレイは、優れた動画応答や鮮やかな色彩表現が可能な自発光型のディスプレイデバイスです。テレビや各種モニター、スマートフォンなど幅広い用途で活用されています。
ソニーは、独自の有機EL技術と半導体シリコン駆動技術によって、一般的に数十〜数百μmの画素サイズを数μmオーダーまで小型化。有機ELディスプレイの特長はそのままに、1インチ角のパネルでも高い解像度を実現しました。それがOLEDマイクロディスプレイ技術です(ソニーでは、シリコン基板上のCMOS回路で画素を駆動し、画素サイズが概ね10μm以下のものをOLEDマイクロディスプレイと位置付けています)。
液晶やLEDなど複数のディスプレイデバイスがある中で、OLEDマイクロディスプレイは高画質・高精細・小型・高速応答を特長として、独自のポジションを確立しています。特に、デジタル一眼カメラ用EVFやヘッドマウントディスプレイ(HMD)などに搭載され高い評価を得ているほか、今後はARグラスやVR-HMDなどウェアラブルデバイスの需要拡大を見据えた技術開発を進めています。
ソニーが現在のOLEDマイクロディスプレイにつながる技術開発をスタートしたのは2009年。当時、一眼レフカメラのミラーレス化が進み、液晶マイクロディスプレイでは光学ファインダの性能に及ばないことが課題となっていました。
液晶マイクロディスプレイとOLEDマイクロディスプレイの大きな違いは、OLEDが自発光であること。そのため、コントラストが鮮やかで、液晶が苦手な黒色もしっかり再現できます。また、カメラを振った際に、液晶ではカラーブレーク(色割れ)が発生する方式もありますが、応答性に優れるOLEDでは、残像が残りにくく、カラーブレークも発生しません。
2011年に初めて実用化されたOLED方式によるマイクロディスプレイは、EVFを搭載した多くのカメラに採用されており、現在もOLEDマイクロディスプレイの主力製品となっています。
高画質な映像表現を実現するために、OLEDマイクロディスプレイのデバイスには、カラーフィルター(CF)を持つ、トップエミッション白色有機EL方式を採用しています。トップエミッション白色有機EL方式の発光の仕組みとそこで用いられている技術は図のようになっています。
OLEDマイクロディスプレイで用いられるシリコン基板は光を透過しないため、CFガラス基板側から光を取り出すトップエミッション方式を採用しています。OLEDディスプレイの色画素を形成する方法として、塗り分けOLED方式と白色OLED方式の2通りがあります。2007年にソニーが発表したSuper Top Emission™(スーパートップエミッション)では、画素ごとに異なる発光材料を成膜する塗り分け方式を採用しています。一方で、OLEDマイクロディスプレイは、画素サイズが通常のOLEDディスプレイの10分の1以下、例えば3μm以下と小さく、現在のファインメタルマスクでは対応が困難なため、全面同じ有機材料を成膜できる白色方式を採用しています。
シリコン基板上で、有機EL層の両端の電極へ電圧を加えると、発光分子が白色に発光します。白色光は、画素ごとに異なるCFによって分光され、ガラス基板を透過します。一般に、サブピクセルサイズが小さくなるほど、光や電流が隣接する画素に混入して特性や画質が低下しやすくなります。そこで私たちは、CF構造の最適化、シリコン基板とCF基板のアラインメント制御、電極や有機EL層の材料・層構成の最適化を行うことにより特性や画質の劣化を抑制しました。
この方式を確立するためには、ソニーが持つ多くの技術的なアセットが活用されています。例えば、ソニーが長年培った有機EL素子の設計技術や材料メーカーと協業した高効率、長寿命の素子の開発。また、CFを3μmピッチでRGBに加工する技術は、CCDイメージセンサーで培われた技術が活用されています。
OLEDマイクロディスプレイのさらなる高効率、高精細の追求にあたり、私たちを悩ませた課題の一つは、シリコン基板上の駆動における電流の制御でした。OLEDマイクロディスプレイでピッチが細かい画素を発光させるためには、スマートフォンなどで用いられるOLEDディスプレイの1000分の1以下の微弱な電流を、電圧で緻密に制御する必要があります。制御電圧に対して出力される電流量を表したのがこの図です。
縦軸が電流量を、横軸が制御電圧を表しています。スマートフォン向けOLEDディスプレイの駆動基板に用いられるTFTでは制御電圧とトランジスタしきい値電圧の二乗で表される領域で電流を制御していますが、OLEDマイクロディスプレイの場合、一般的なCMOSロジックではただの漏れ電流として扱われるような指数関数で表される微小電流領域での制御が必要です。この領域ではわずかな電圧の変化でも、電流量が指数関数的に増減し、画素ごとの輝度のばらつきにつながってしまいます。
絶対値をどう制御するか。微細な電流を制御するトランジスタの最適な挙動は、条件を変えるだけのトライアンドエラーではゴールに辿り着けません。私たちは、原理原則に立ち返り物理特性に基づいた定式化と、その理論をシミュレーションで裏付けることに取り組みました。これにより理論的な妥当性に確証を得て臨んだ試作で、見込んだ通りの結果を得ることができました。また、ここでもソニーが長年培った画素回路駆動技術のアセットが活かされています。TFT回路とCMOS回路で求められるものは異なりますが、特性安定性を重視する発想を生かしてシリコン基板に最適化された画素回路のあり方を模索し、2017年にその技術を確立することができました。
ソニーのOLEDマイクロディスプレイは、他社に先駆けた高精細化技術や有機EL技術をはじめとする高い技術力とノウハウと、生産実績を蓄積しています。今後、EVF向けディスプレイ、ウェアラブル機器において、リアルな映像表現を実現するために、さらなる高精細化、高輝度化、高速化、そして低消費電力化が求められています。特にウェアラブルデバイスにおいては、消費電力が増えれば機器が発熱してしまい、ユーザーの体験価値を損なうことにもつながります。
また、ゲームなどエンタテインメント領域では、反応速度が重要になります。グラフィックス側の処理能力の向上によりフレームレートがさらに上がっていく中で、グラフィックスの性能を最大限に引き出すディスプレイ作りが求められています。
OLEDマイクロディスプレイの可能性を拡げる挑戦も始まっています。従来の可視光のOLEDマイクロディスプレイ技術と、人の目には見えない近赤外光を発光する材料を掛け合わせた新しい光源の研究です。近赤外のOLEDをマイクロディスプレイに取り込むのは、ソニーが世界で初めてです。
研究にあたっては、近赤外光においてもソニーのSuper Top Emission™で活用されたマイクロキャビティ構造(上下電極間での光の共振効果を利用して、外部に取り出される光のスペクトルを急峻かつ高強度にする構造)の設計技術や、電流抑制技術などの知見を活かすことが想定されましたが、近赤外光で発光する有機EL素子についてはノウハウに乏しく、発光効率が低いという課題を抱えていました。
近赤外光の発光量の単位は、可視光のカンデラでは表現できず、外部量子効率という単位で表されます。これは、発光素子に注入された電子数に対する、発光素子外部に放射される光子数を割合で示したものです。通常、可視光で得られる外部量子効率は最大30%程度。しかし、波長が900nmを超える近赤外光域では1%未満に下がってしまいます。
そこで、私たちは社外の先行研究の動向をリサーチ。高性能な新世代発光材料を研究している九州大学最先端有機光エレクトロニクス研究センターと連携し、オープンイノベーションによって近赤外のOLEDマイクロディスプレイの研究を進めてきました。研究スタート当初の外部量子効率はわずか0.1%未満にとどまっていましたが、同センターが持つ材料技術を活かして産み出された新材料群と、ソニーのトップエミッション技術を融合することによって、900nm帯近赤外OLEDにおいても実用的な外部量子効率を達成することが可能になりました。
AR、VRといったメタバース(仮想の三次元空間サービス)の分野への拡大の他にも、近赤外光を用いたセンシングのIoTへの活用、ロボティクスなど新たな領域での展開も期待されています。ソニーが持つセンサー技術と小型かつ高精細な光源を組み合わせた三次元計測で、より細かく、より高速に物体の形状を捉えることが可能になり、センシング技術そのものの飛躍的な発展につながるかもしれません。また、可視光のディスプレイに近赤外光を混載してディスプレイとセンシング、両方の機能を併せ持つデバイスが実現する可能性も考えられます。
OLEDマイクロディスプレイの技術開発には、トランジスタや配線などの半導体デバイスの設計や加工プロセス、画素回路の設計や発光素子の設計、成膜、CFのパターニング、ガラス封止まで、ソニーの多くのエンジニアが関わっています。さまざまな専門家が自分の力を発揮できる、間口の広い技術と言えるでしょう。感動映像を通じて、ソニーでしか提供できない体験価値をお客さまに届けるために、私たちの挑戦は続きます。
ディスプレイ開発は、画素の中で光や電気を制御する方法などを突き詰めて考えていく地道な業務です。しかし、ディスプレイとして完成すると、多くの方々に素晴らしい映像をご覧いただき、感動していただくことができます。自分たちの貢献が目に見えるのは、この仕事の大きな魅力です。OLEDマイクロディスプレイは、まだまだ発展の余地がある領域です。エンジニアとして、世界の先端に立って課題に挑戦できるのもやりがいにつながっています。
電源を入れた瞬間に、自分の取り組みの結果がひと目でわかる。それが直感的で面白いところです。イメージセンサーと比べて、OLEDマイクロディスプレイはまだまだ小さな所帯ですが、逆にその分、一人ひとりの発想やアイデアを生かした製品づくりに取り組めるのは若手エンジニアにとって大きなチャンスだと思っています。