製品・サービスの担当者が目指す「制約のない世界」とは
ソニーグループは、すべての人が感動を分かち合える未来を目指し、アクセシビリティに配慮した製品開発やサービス提供を進めています。そして、インクルーシブデザイン※の手法を取り入れ、障がいの有無にかかわらず多様な人たちが共に活動しています。そんなソニーのもの・ことづくりに携わる4人にとってのアクセシビリティとは?
グループ全体のアクセシビリティ向上とHCD(人間中心設計)の浸透を推進。
TV周辺機器の新規カテゴリー商品、ウェアラブルネックスピーカー・お手元テレビスピーカーの設計プロダクトマネジャー。
入社時より自動車保険のサービス品質向上のための体制整備や施策推進に従事し、2021年4月からは、中部エリアのお客様に事故解決サービスを提供する各サービスセンターを統括。
視覚・聴覚・触覚などのさまざまなモーダルを融合するインタラクション技術の研究開発を行っている。2019年から触覚を用いたユーザーインタフェースのアクセシビリティ活用の研究開発に従事。
マイクやアクセサリーの製造を行った後、2015年より情報ソリューション課でソニーグループ各社のポータルサイトの制作、更新などウェブに関わる業務を行っている。
甘利:アクセシビリティとは、「アクセスできること」です。例えば、聴覚に障がいのある方を含め誰もが「字幕」によって言葉にアクセスでき、映像作品を楽しめるようになります。すべての人がテクノロジーの力で、自分らしい楽しみ方を見出し、豊かな体験を享受できるようになる。「制約のない世界へ。」というメッセージに込められているのは、そうした未来をお客様やクリエイターと一緒に創っていきたい、という思いです。
伊藤:私はテレビの周辺機器の開発に携わっていて、具体的な製品でいうと「お手元テレビスピーカー」と「ウェアラブルネックスピーカー」です。今は、ドラマ、ニュース、映画、ライブ、ゲームと色々なコンテンツがテレビで観られる時代ですが、観賞方法は人、場所、環境、ライフスタイルに応じて多様です。例えば自分の近くに置けるスピーカーがあれば、テレビの前に座って聴くしかないという制約がなくなり、テレビ視聴の新たな体験や楽しみが広がります。
「お手元テレビスピーカー」の特徴は、テレビから離れた場所でもテレビの声やセリフがはっきり聴こえることと、声やセリフの中の聴きとりにくい子音を強調することの2つのテクノロジーを活用していることです。通常のスピーカーは、LとRのスピーカーがひとつずつ備わっていますが、テレビの場合、言葉やセリフははっきりと聴きたいですよね。まわりの音に、声やセリフが埋もれないよう、LとRの間にもうひとつ“声”を強調するスピーカーを入れました。また、セリフをより滑舌よく聴こえやすくするために声をズームアップできる技術を使った「はっきり声」機能を搭載、聴こえにくい方にもちょうどよく強調されるようになっています。
甘利:「お手元テレビスピーカー」があるとテレビ本体の音量を上げずにすむので、試験勉強中の子どもの妨げにならず、愛用しています。私のように「制約がある環境下」でも非常に便利な製品ですね。
伊藤:はい、「聴こえやすさ」のほか、「使いやすさ」にも非常にこだわっており、社内の視覚障がいのある社員と設計初期のプロトタイプから一緒にデザインしていくことで、誰もが使いやすい製品を目指しました。
伊藤:「ウェアラブルネックスピーカー」は、肩に載せて使用するワイヤレスの製品です。スピーカーを音に合わせて自然に振動させることで、より臨場感のある新たな視聴体験を実現しました。先日、このネックスピーカーを持って、触覚提示技術(ハプティクス)を使った「ハプティックベスト(複数の振動デバイスを連動させた制御により、多様なシーンをリアルに再現する技術を駆使したベスト型のウエア)」の体験に行ったのですが、触覚と聴覚、両方で音を感じる体験は、とても面白いものでした。
甘利:この触覚提示技術を取り入れた「ハプティックベスト」の開発には、加藤さんも携わっていますよね?触覚提示技術は、製品のアクセシビリティ向上にどのように役立っているのでしょうか?
加藤:触覚による情報伝達がアクセシビリティとして役立っている代表的な例として、点字ブロックがあります。視覚に障がいのある方が、白杖の先から伝わる地面のテクスチャーの違いを察知し、自分のいる場所がわかるようにしています。そうした触覚情報を擬似的に再現する触覚提示技術は、VRの影響もあり、最近では特に盛んになってきている領域です。例えば、携帯電話が単純にブルブルと振動する機能は以前からありますよね。でも現在はデバイスや技術の進化を通じて、もっと多彩な表現ができる土壌が備わってきています。臨場感を出したり、テクスチャーを伝えたりと表現方法が広がり、ゲームやスマートフォン分野で盛り上がりを見せています。
触覚提示技術を用いた製品開発を行う上で、触覚を発生させる機械側の特性もありますが、私は、物理的な特性だけでなく、「人間が触覚をどう感じるのか」という点に着目して研究を進めています。人それぞれ触覚の感じ方は異なり、年齢による違いはもちろん、手の中でも感度が良い部分と悪い部分があります。「どのように触覚情報を提示すれば、すべての人にとって分かりやすく、且つ楽しめる体験として表現することができるのか?」、人の特性を考慮するというアプローチを心がけながら、研究開発に取り組んでいます。
甘利:ソニー・太陽株式会社は、ソニーグループ株式会社の特例子会社として障がいのある方々を多数雇用し、障がいのある社員も障がいのない社員も一丸となって日々ものづくりに取り組んでいます。加藤さんは、ソニー・太陽とも一緒に活動していますよね?
加藤:ソニー・太陽の其畑さんをはじめとした聴覚や視覚に障がいのある社員と研究開発のためのフィールドワークを行いました。これは、触覚デバイスのプロトタイプを実際に触ってもらうだけでなく、一緒にご飯を食べるといった日常生活を共にする中で、障がいのある方々の困りごとを探るようなもので、開発者と障がいのある社員を含めたメンバー全員で課題を見つけ出すことからはじめました。
ソニー・太陽だけでなく、R&Dセンターで勤務する障がいのある社員にも協力してもらいながら、プロトタイプをつくっては体験してもらい、集まった意見をプロトタイプに反映させ、またつくってはテストする、という一連の工程を繰り返しながら、フィールドワークで抽出された課題に対して触覚提示技術を用いた解決法を提案しました。
其畑:加藤さんと取り組んだことのひとつとして、スマートフォンやテレビの音声、周囲の人の雰囲気を触覚で感じ取る新しい取り組みがありました。私のように聴覚に障がいがあって、テレビを字幕で観ている人は、人が笑っている感覚を感じることに馴染みがないので、私自身も、今回の取り組みを通じて笑い声が感覚的に伝わってきて、とても驚きました。
実は、加藤さんたちと一緒に開発をはじめた当初は、開発者の皆さんと話していても、障がいのことについて、自分の本音や、本当に困っていることをなかなか言葉にできずにいました。子どもの頃からの障がいなので、この生活が当たり前になってしまい、自分でも気づいていない不便さや、解決すべき問題はたくさんあります。開発者の皆さんが「障がいのある方はこんなことに困っているのではないか」という点をイメージして、何度もプロトタイプのテストに来てくれた結果、信頼関係が生まれて、少しずつ本音を話せるようになっていきました。本音を言わないと、自分自身にとっても使いやすい製品にはならないと思いますし、開発者の皆さんが繰り返しプロトタイプをつくってきてくれたことも、いい製品をつくることにつながっているのだと思います。
加藤:障がいのあるメンバーにお困りごとを聞いても、それが普通になっているので、これといって不便はないですねって言われることも最初は多かったです。本当は不便と思っているものや、実は課題と感じることは、「何か困っていることありますか?」と直接聞いても出てこないと思います。その意味でも、メンバー全員を巻き込んで、繰り返し開発に取り組む流れは有効だったと思います。
甘利:まさに、私たちが取り組んでいるインクルーシブデザインですね。制約のある多様なユーザーと一緒にさまざまな問題に向き合う。開発を通じて多様な気づきが生まれ、最終的には多くの方に役立つ、便利なものになる。
甘利:ソニー損害保険株式会社では、障がいによって電話がしづらいという方々へ、どのような対応をしていますか?
井上:ソニー損保では、「手話・筆談サービス」を提供しており、電話が難しい場合でも、オペレーターを介してご本人と直接やり取りができるようになっています。このサービスを導入する前は、ファックスやメール、ウェブサイトのマイページにある掲示板でのやり取り、あるいはどなたか代理の方を通じてやり取りをすることが多かったです。しかしこれらの方法では、リアルタイムに双方向でのやり取りがかなわず、時間差があったり、代わりの方に頼る必要があったり、今考えるとお客様はかなりもどかしい思いをされていたのではと思います。
このサービスを最初にご利用いただいた方のことは、とても印象に残っています。自動車事故が起こり、最初はお父様からの電話連絡だったのですが、「手話・筆談サービス」についてお話しすると、お客様ご本人からご連絡をいただきました。自動車事故のお相手との交渉は、事故状況やその当事者の意向を正確に把握する必要があり、電話で話すのもなかなか難しく、ましてや第三者や、文字だけでのやり取りでは十分伝わらないところがあります。そのため、直接お話を伺えるのは、お客様にとっても、こちらにとってもよいことだったと実感しました。
甘利:其畑さんにとって、「手話・筆談サービス」があることは安心感につながりますか?
其畑:車の事故が起きたときに電話ができないことで、相手と連絡が取れなくなることもありますし、やはり、代理の方を通してのやり取りは時間がかかります。「手話・筆談サービス」は、手話か筆談かも選べるようになっているので、ハードルが低くなったと実感しています。
井上:そう言ってもらえて、とても嬉しいです。保険金請求書類なども、さらにわかりやすく、見やすくできるようユニバーサルデザインを意識し、色使いやフォントサイズを工夫しているところです。どうしてもサービスを考えるときには、費用対効果の観点でボリュームゾーンばかりに目が行きがちになります。ですが、すべての方が、疎外感を感じることなく、便利に使えるという部分をしっかり意識していきたいと改めて思いました。
甘利:「制約のない世界」を目指す中で、ご自身として、またソニーグループとして、どのような未来を実現できたらよいと思いますか?
其畑:私は、ソニー・太陽に入り、開発者の方々と話す機会がなかったら、きっとアクセシビリティについて考えたこともなかったと思います。これまでは、自分自身に障がいがあるため、誰かにアクセスの仕方を考えてもらう必要があると思い込んでいたのですが、人と一緒に考え、発信することで、自分自身にとっても便利で使いやすいものが生まれることに気づきました。さまざまな製品がソニーから生まれて、それを使うことで、私自身も今までにない体験ができるようになり、幸せだと感じる瞬間がたくさんあります。これからも多様な視点からアクセシビリティを考えていけば、そうした幸せな体験をもっと生み出せるようになると思います。ですから今後も皆さんと一緒に開発に携わり、よりよいものづくりに貢献していきたいです。
伊藤:私は、スピーカー製品開発といっても、“音”をつくっているのではなく、新たな“体験”を創っていると考えています。これからも、色々な体験価値を創れる会社にしたいと思います。
聴こえないものが聴こえるように、見えないものが見えるように、今までできなかったことができ、みんなが楽しんでいるように自分も楽しめる世界。「ウェアラブルネックスピーカー」は、自分がコンサート会場に行けなくても家で会場にいるのと同じように感じられることで、場所の制約から解放されたような体験ができます。制約からの解放にはすごく感動があり、感激までもあります。そんな体験を生み出す人、そして会社になれたらいいと思いますね。実は、「お手元テレビスピーカー」は感謝されることが多いんですよ。親孝行家電と呼ばれ、親から感謝されたという言葉を聞きます。感動、感激、感謝。この3つの“感”を感じてもらえることを目標にしていきたいです。
加藤:昨今、新型コロナウイルスの影響もあって、「触る」という行為が少し難しい世界になってしまったと感じています。海外だとハグができないことで、心を病んでしまう人もいるという記事も読みました。触ることが難しい今だからこそ、テクノロジーの力で何か改善できることはないかと触覚エンジニアとして模索しているところです。最近は、エレベーターのボタンなど非接触のものも増えていて、障がいによっては、非接触になることによって置き去りにされてしまうこともあるのではないかと思うのです。時代が大きく変わっている今だからこそ、置き去りにされる人がいないように、多様なユーザーと共に、未来に向けた新たなアイデアをカタチにしていきたいです。
甘利:大事なポイントはこの世界で誰一人、制約がない人はいないということです。日常から制約を見つけ、未来に向けたもの・ことづくりのヒントにすることから、インクルーシブデザインがはじまります。多様な人々とインクルーシブデザインを実践し、人々を取り巻く制約をテクノロジーで越える。私たちソニーはアクセシビリティを追求することで、すべての人が感動を分かち合える未来を創っていきたいと考えています。