Cutting Edge

2025年7月8日

ソニーグループのエンジニアたちが切り開いたミラーレス一眼カメラの新時代。グローバルシャッター方式のフルサイズイメージセンサーを搭載した『α9 III』

2024年に発売した世界初のグローバルシャッター方式によるフルサイズイメージセンサーを搭載したレンズ交換式のミラーレス一眼カメラ『α9 III』。このカメラの商品化には、ソニーグループのエンジニアたちによる、フォトグラファーが追い求める表現に近づくための挑戦がありました。カメラの商品化をリードした原彰宏とグローバルシャッター方式のイメージセンサー開発をリードした貝沼世樹に、『α9 III』の挑戦について話を聞きました。

  • 原 彰宏

    ソニー株式会社
    技術センター
    イメージングシステム技術部門
    システム技術2部

  • 貝沼 世樹

    ソニーセミコンダクタソリューションズ
    株式会社
    イメージングシステム事業部
    ISビジネス3部

これまでにないカメラを生み出すために

──まずはお二人が所属するソニー株式会社とソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社について、そして、ミラーレスデジタル一眼カメラの商品化において、どのような関係性があるのかを教えてください。

:ミラーレスデジタル一眼カメラには多くの部品が搭載されており、その中でカメラの性能を決める大きな要素の1つがイメージセンサーです。『α9 III』をはじめとするソニーのデジタル一眼カメラに搭載するイメージセンサーの仕様は、私が所属するソニー株式会社が決めます。そしてその仕様を実現するイメージセンサーの開発を担うのが、貝沼さんが所属するソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社です。

──『α9 III』のイメージセンサーに採用されているグローバルシャッター方式とはどういう技術なのでしょうか。

貝沼:デジタルカメラに搭載されるイメージセンサーにはローリングシャッター方式とグローバルシャッター方式の2種類があります。ローリングシャッター方式は、イメージセンサーの受光面の画素を上部から1ラインずつ露光・読み出して処理するのに対し、グローバルシャッター方式は全画素を同時に露光・読み出しを行うことができます。

:実はグローバルシャッター方式のイメージセンサーを搭載しているカメラは以前から存在しています。例えば業務用のビデオカメラやCCDイメージセンサーを搭載したスチルカメラなどです。一方で、今日、プロフェッショナル・アマチュア問わず多くのフォトグラファーに使用していただいているCMOSイメージセンサーを搭載したレンズ交換式デジタルカメラにおいて、『α9 III』が発売されるまでは、ローリングシャッター方式の製品しかありませんでした。

──なぜ、これまでにないグローバルシャッター方式のイメージセンサーが『α9 III』に必要だったのでしょうか。

貝沼:以前から、プロフォトグラファーの皆様からローリングシャッター方式のイメージセンサーの構造上、完璧に解消することが困難な現象の解決を求められていました。

代表的なものの1つは、線路を走る電車を真横から撮影する際に、車体の上部から下部にかけて斜めにずれて写ってしまうことや、スポーツ撮影において、ゴルファーのスイングやフィールドホッケーのシュートなど高速な動きのある被写体の撮影で起きる「ローリングシャッタ歪み」という現象です。

:その他にも、撮影の条件によってLEDや蛍光灯の明滅が映り込み、画像に縞のような模様が生じてしまう「フリッカー*1」や、記者会見などで多くのカメラが一斉にフラッシュを焚いている状況で発生する、画像の一部が白くなる「フラッシュバンド*2」なども、ローリングシャッター方式が上部から一ラインずつ処理する構造のため、完璧な解消が困難な現象です。

全画素を同時に露光・読み出すことで、一瞬を歪みなく切り取ることができれば、これらの現象を解決でき、これまで捉えることのできなかった世界を撮ることができる。

グローバルシャッター方式を採用することで、プロフォトグラファーが追い求める表現に一歩でも近づけるはずだ、と考えました。

グループとして連携し、一体感を持って課題に立ち向かう

──グローバルシャッター方式のイメージセンサーの導入にあたって、どのような技術的ハードルがあったのでしょうか?

:『α9 III』が越えるべきハードルは、画質的なものやイメージセンサー製造上のものなど、いろいろとあったのですが、大きなハードルの1つが消費電力でした。イメージセンサーの全画素の光を一括で電気信号に変換するグローバルシャッター方式は、行ごとに読むローリングシャッター方式と比べて、消費電力が大きくなるため、バッテリー駆動のカメラの場合、1つのバッテリーで撮影できる写真の枚数が減ってしまいます。その結果、バッテリー交換の頻度が高くなり、従来の製品と比べて写真撮影の体験を著しく損なってしまう恐れがありました。これは、スポーツなど決定的瞬間を撮影するフォトグラファーにとっては機会損失になり得るため何としてでも解決する必要がありました。

貝沼:この課題を解決すべく、まずはイメージセンサー単体での消費電力の削減に取り組んだのですが、それだけでは限界があり、目標とする数字には到達できませんでした。そこでカメラ全体で消費電力を最適化するために、イメージセンサーの開発段階からソニー株式会社とソニーセミコンダクタソリューションズ株式会社で合同のワーキンググループを作り、検討を重ねていきました。制約に収まる範囲内での落とし所を探り続け、ようやく目標とする消費電力を達成することに成功しました。

:一般的なカメラ開発の場合、イメージセンサーを供給する会社とカメラを商品化する会社のやり取りは、両社のプロジェクトリーダー間で行われます。そのため、例えばプロジェクトリーダーの間では解決すべき課題の理解が一致していても、両社のメンバーには伝言ゲームのようになってしまい、一度でうまく伝えきれていない場合があります。

しかしソニーでは同じグループの中にイメージセンサーの開発・製造に関わる会社と、カメラの開発・量産に関わる会社があるので、今回の『α9 III』のように新しい挑戦を進める際、プロジェクトの初期段階から、各社のメンバーを巻き込んで密にコミュニケーションを取る体制を構築することができ、実現したい性能・カメラ体験や、解決すべき課題の内容を正確に共有し、一体感を持ってプロジェクトを進めることができました。

一方で消費電力の課題の他にも、開発終盤でこれまでに培ってきたノウハウでは解決できない大きな課題にも直面しました。

時間が限られた中での課題解決は、とても難しいことですが、同じグループ会社として、イメージセンサーの開発段階から連携してきたことで当初予定していた発売日を変更することなく、無事に課題を解決することができました。

クリエイターとともに、αを進化させていく

──実際に発売されてからのユーザーの反応はいかがでしたか。

:発表直後の反響は非常に大きかったと感じています。「カメラの世代が一つ進化した」という評価もいただきました。カタログスペックが発表された後、展示会などで実機に触れていただくことで、多くのポジティブな意見が寄せられました。実際に扱っていただくことで、スペックから見て取れないところも見ていただけるのも大切だと感じました。

『α9 III』の特設サイトには多くのプロフォトグラファーの作品と『α9 III』の評価が掲載されています。実際にこういう写真が撮れることに感動を覚えますし、『α9 III』でなければ撮れない」というコメントに、プロの期待に応える製品ができたことを実感しています。

また、ソニーでは、フォトグラファーをはじめとしたクリエイターの皆様がソニーの最先端の製品に触れることのできる「Kando Trip」というイベントを開催しています。

このイベントは2017年に米国にて静止画撮影に特化したクリエイターイベントとしてスタートしましたが、いまではカメラだけでなく、サウンド、モバイル、ピクチャー、ゲーム、ミュージックなどのソニーグループの関連会社も参画していますし、Vlogのクリエイターなど、クリエイターの幅も広がりまさにソニーならではのイベントとして進化しています。

ここでは、例えば、フォトグラファー向けにはポートレート撮影やサンセット撮影など様々なシチュエーションの撮影ワークショップが用意されています。クリエイターが互いを刺激し合える場であるとともに、参加者から将来の製品開発に生かすことのできる多くのフィードバックをいただくことができるため、ソニーのエンジニアにとっても、クリエイターから直接学ぶことができる場となっています。

こういった、クリエイターとともに写真などのコンテンツ制作を考える場があることも、ソニーの強みだと感じています。

挑戦を支える企業文化

──最後に、『α9 III』での挑戦を振り返っての感想、学びについてお聞かせください。

:世界初の製品開発への挑戦は、課題の連続でしたが、開発当初から一体感を持って商品化を進める体制を築けたことにより、いろいろな人たちが積極的に解決方法を提案してくれましたし、チーム一丸となって課題解決に取り組むことができました。

一人、もしくは一部署では実現できないことでも、プロジェクト全体で目指す姿を一致させることで実現できるということを再認識できた挑戦でした。

貝沼:『α9 III』の構想段階から原さんのチームと連携することで、イメージセンサーの開発側にいる我々もこのカメラの目指す先をしっかりと把握することができ、全員が一つの方向を目指している感覚がありました。

そして、ソニーグループとして一緒に取り組むことで、情報伝達がスムーズになったことは非常に大きな意味がありましたね。課題解決のために乗り越えるべきハードルもしっかりと認識でき、解決にむけたスピードも加速しました。ソニーはイメージセンサーとカメラ、それぞれの開発から製造に至るまでの一連のプロセスを垂直統合で行っており、まさにそれがαの強みだと実感しました。

:それから、企業の風土も大切だと感じました。ソニーグループは自ら手を挙げることでチャレンジできる機会がたくさんある職場だと思います。私や貝沼さんのような中堅の社員に大きなプロジェクトを任せてくれる風土があったからこそ、私個人としても、高いモチベーションと責任感を持って取り組むことができ、大きく成長できたと感じています。

貝沼:『α9 III』のイメージセンサー開発は私がプロジェクトリーダーとして関わった2件目のプロジェクトだったのですが、私を信じて任せてくれた当時の上司の期待に応えたいという思いがあって引き受けました。間違いなく入社して一番大変なプロジェクトで、不安も多々ありましたが、成し遂げることができました。挑戦すること、一歩踏み出すことの大切さを実感した、貴重な経験でした。

今は役割が変わり、ミラーレス一眼カメラのイメージセンサーの商品開発からは離れましたが、『α9 III』の開発で培った経験を生かして、これからも新しい挑戦に積極的に取り組んでいきたいと思っています。

  • *1フリッカーとは、照明の明滅により撮影画面に横筋が写り込んだり、画面の一部の色合いが変化してしまう現象のことです。
  • *2フラッシュバンドとは、フラッシュやストロボなど、非常に発光期間の短い照明成分があると、ラインごとの露光タイミングおよび読み出し時間のずれにより、画面の場所によって、明るさの差が生じる現象のことです。

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