2023年12月20日

車輪移動が困難な環境にも導入できる、新たな移動ロボティクス技術です。ソニーの独自技術を結集することで、安定かつエネルギー効率に優れた移動が可能なロボットは、エンタテインメント領域から、建設産業やラストワンマイル物流など様々な産業への応用が期待されます。
Researchers
川浪 康範 / 神川 康久 / 木下 将也
- Index
- ロボットの活用シーンを広げる新たな移動技術
- 進化する3つの開発モデル
- 高可搬重量と省エネルギー化を実現するメカ技術
- 安定かつ力強い動作を実現する電気技術
- 変化する環境でも安定動作を維持する制御技術
- 移動技術の最高峰をめざして
ロボットの活用シーンを広げる新たな移動技術
2021年12月に発表した 脚移動と車輪移動を両立するモデル
6脚車輪ロボットの動作デモ。移動ロボットが、車輪による直線移動、旋回、スラロームする様子に加え、脚と車輪を両用して段差を乗り越える様子を紹介。
安定かつエネルギー高効率な移動を可能にするロボティクス技術「Tachyon(タキオン)」の開発に取り組んでいます。不整地が介在するリアルな環境でも、安全で効率的にモノを運ぶことができる新たな移動技術が確立されることで、ロボットの活用シーンが、エンタテインメント領域から産業向けにも広がり、社会に大きな変革をもたらすことができる。そうしたビジョンのもと、2015年に新移動機構の研究開発をスタートしました。
ソニーの技術アセットと開発エンジニアのユニークな視点をかけ合わせることで、メカ・制御・電気などの領域において、様々な独自技術を開発してきました。
進化する3つの開発モデル
ロボットの技術開発は、個々の要素技術の精度を高めるだけではなく、常に多数の技術を統合し、最適化することが求められる領域です。私たちも、業界の潮流や市場のニーズの変化をとらえながら開発目標を設定し、モデルチェンジをしながら、新たな移動ロボットとそれらを構成する要素技術の研究開発に取り組んできました。これまでに3モデルを開発、公開しています。これらは異なる特長を持ちますが、核となる要素技術や設計思想を後継モデルに引き継ぐことで、進化をしています。
なお、3つの開発モデルで受け継がれている、ロボットの愛称「Tachyon」は、光速より速く移動する仮想的粒子の名前に由来します。平地・不整地を問わず、目的地にスピーディーに到達する新たな移動ロボットを実現したいという、エンジニアの想いが込められています。
モデル1
「速く動くこと」を目的とした高速移動モデル
小型4脚構成で、非線形ギアと軽量高出力モーターを搭載。時速5km、凹凸5cmの歩行を実現しているほか、最大40Nsの外力への適応、制御+行動計画・認識といった機能を備えています。このモデルにおいて、脚移動技術や姿勢安定化制御技術、認識統合技術、ローカルパスプラン技術など基本的な構成要素技術を確立しました。
Tachyon 1
2015年10月に設計構想~2018年3月
主な特徴
小型4脚構成 / 非線形ギア搭載 / 軽量高出力モーター搭載
構成要素技術
基本脚移動技術 / 姿勢安定化制御技術 / 認識統合技術 / ローカルパスプラン技術 / EDLC(電気二重層コンデンサ)/ 回生技術
Tachyon モデル1の写真
モデル2
「モノを運ぶこと」を目的とした高負荷移動モデル
モデル1と同じ4脚構成。従来の技術を継承しながらも、可搬重量とエネルギー効率を高めるため、脚部にバネを内蔵しているのが特長です。また、バネの弾性による振動を抑える制振制御技術も導入しています。衝撃に強く高い受動性があり、段差がある環境でも、自重の約半分にあたる20kgの荷物でも安定して運搬することができます。
Tachyon 2
2017年12月に設計構想~2020年2月
主な特徴
4脚構成 / SEA(弾性体)搭載 / 脚先車輪搭載可能
構成要素技術
モデル1の基本技術継承 / 制振制御技術 / 高負荷・耐衝撃性対応 / 脚車輪統合技術 / 低遅延・多軸同期制御システム
Tachyon モデル2の写真
モデル3
更なる安定性とエネルギー効率を追求した実証実験モデル
車輪と足先のハイブリッドで動作する6脚車輪構成。4脚構成と比較して、常時安定性があります。車輪走行時にエネルギーを消費しないようにバネを使うなど、モデル2の設計思想を取り入れています*。可搬重量を維持しながらも、高効率での移動の実現をめざします。
* 一部の技術はモデル3には未搭載(2022年1月時点)
Tachyon 3
2020年10月に設計構想~現在
主な特徴
6脚車輪構成 / 常時安定性構造 / 高効率移動
構成要素技術
モデル1・2の技術継承 / 6脚車輪移動技術 / 常時安定化制御技術 / マルチカメラ対応 / パスプラン技術
Tachyon モデル3の写真
高可搬重量と省エネルギー化を実現するメカ技術
高性能と小型化を両立する脚設計
脚式移動ロボットのメカの課題は、大きく3つあります。私たちは、各モデルの開発を進める中で、これらの課題を解消するメカ機構を考案してきました。
1つ目は、駆動源の大型化をいかに抑えるか。脚先の発生力と速度は、関節の角度に依存しています。脚を曲げている状態では力が出しにくく、脚が伸びている状態では足先の速度が出ない。この課題を脚の構造によって解決しました。モデル1では、勾玉型の非線形ギアと3リンク脚によって、脚の足先動作を平準化しました。モデル2ではそれに加えて、直動形の小型不等長4節リンクを用いています。
2つ目は、高可搬重量と省エネルギー化の両立です。ロボットが立つだけで、モーターはエネルギーを消費します。エネルギー消費を抑えるために高減速比ギアを活用することもできますが、そうすると着床の衝撃でギアが壊れてしまいます。そのため、モデル2では、高減速比ギアとともに、衝撃吸収構造を実現したSPEA(Series Parallel Elastic Actuator:直列並列弾性アクチュエーター)を導入しました。さらに、モデル2、モデル3では、並列バネを導入する事でモーターの出力をアシストし、消費電力を抑制しています。
3つ目は、脚関節の飛び出しの影響と、脚と階段の干渉リスクです。リンク型の脚式ロボットの場合、階段を登り降りする際に脚と周囲の環境が衝突するリスクがあります。そのため、一般的な4脚ロボットの中には、階段を降りる際に後ろ向きにして降りているものもあります。また、前後の脚同士がぶつかり合うリスクもあり、機体の幅を長手方向に長くする必要があります。こうした干渉リスクを解消し、無駄な動きを少なくするため、モデル3では直動機構を採用。2段伸縮にしたことで、脚の軽量化とコンパクトな伸縮ができる構造を実現しました。また、モデル2よりもさらに高出力な小型カスタマイズモーターも開発しています。
脚構成の変遷(イメージ図)
新開発の直列並列弾性アクチュエーター
モデル2の高可搬重量を実現するうえで、鍵となった技術がSPEAです。従来から研究レベルで2脚ロボットに採用されていましたが、私たちは、独自構造を開発することで、小型化・軽量化を実現し、モデル2開発時代に、世界で初めて4脚ロボットにSPEAを実装しました。
従来、脚をモーターで駆動する技術には、大きく2つの手法がありました。1つは、モデル1に採用された、バネを用いないProprioceptive Actuator ですが、モーターが大きくなり、多くの電流を必要とします。もう1つは、高減速比のアクチュエーターに直列にバネを用いて、バネの変形をセンシングして、エンコーダにフィードバックして脚を動かす直列弾性アクチュエーター(SEA)です。こちらはバネを組み合わせるために機構が大きくなってしまう課題があります。これらに対し、SPEAはアクチュエーターに並列と直列の2種類のバネを組み合わせた構造を持ち、直列のバネが高減速比での脚にかかる衝撃を吸収し破損を抑止します。また、高減速比のアクチュエーターに加わる力をバネの変形をセンシングすることで、柔らかい制御に役立てることができます。また、並列のバネはモーターの出力をアシストします。
左から、並列バネ、ボールネジとリニアスライダー、モーター、直列バネ、出力用ロッドが配置されています。ボールネジのナット部分を回転中心として、アクチュエーター全体が左右に移動します。モーターを回した時の動きを示したのが右の図です。直動のアクチュエーター全体が右側に移動していきます。それに伴い、並列のバネが圧縮されていくのが分かります。右端のアクチュエーターの出力部の動きは、不等長4節リンク機構を介して減速され、下肢が駆動します。ナットが固定されていて動かないため、リニアスライダーにかかる負荷が少なく、その小型化と軽量化を実現。さらに、回転中心よりも左側に入っているべきモーターを右側に配置することで、ボールネジの長さを短縮し、支持ベアリングのような部品も不要になっています。
また、2つの小型の直列バネには、0.2μmの距離の変位を検出できるリニアエンコーダを使って、わずかな力の変位を検出し、フィードバックする構造になっています。
新開発の直列並列弾性アクチュエーターの説明図
安定かつ力強い動作を実現する電気技術
モーターの合計出力を予測・管理
脚式ロボットには、複数の高出力モーターが搭載されています。その合計出力が、電源の供給能力を上回ってしまうと、瞬断が発生し、ロボットが止まったり、動作が不安定になったりします。モーターの最大合計出力に対応できるように電源の供給能力を大きくすると電源が大型化してしまい、モーターの最大合計出力を電源の供給能力に収まるようにモーター出力を制限すると、力強い動作ができません。
このジレンマを解決するため、運動を制御するCPUが、各アクチュエーターの指令トルクや回転数から、目標動作に必要なモーター合計出力を予測、電源の供給能力を超える場合は動作を修正するシステムを構築しました。均一的に出力を制限するのではなく、ロボットの全体の動きをマネジメントしながら、個々のアクチュエーターごとに出力を制御することで、力強い動作性能は維持しつつ、電源の瞬断リスクを低減しているのです。
瞬間的なピーク電力に対応するEDLC
(電気二重層キャパシタ)
さらに、脚式移動の場合、歩く時、跳躍する時など、脚の駆動に応じて瞬間的に大きな出力が必要になります。高出力なバッテリーでは、大型化するか容量を小さくしなければなりません。そこで、私たちが着目したのがEDLC(Electric Double Layer Capacitor:電気二重層キャパシタ)です。バッテリーに比べて容量は少ないものの、出力は圧倒的に高い蓄電デバイスです。
また、重量増加を抑えつつ、ピーク電力に対応するEDLCの実装は、各モデルの可搬重量の底上げにも貢献しています。モデル2では、体重比可搬重量0.5という世界的にも高い水準を達成しています。
瞬発的な出力はEDLC、平均的な出力はバッテリーを併用することで、モデル1開発時点で、ピーク電力4000Wをカバーしていました。モデル3でも、バッテリーの2倍のピーク電力への対応をめざしています。
変化する環境でも安定動作を維持する制御技術
安定制御の礎となる全身協調制御と
マルチコンタクト安定化制御
私たちの手法の優位性は、複数の運動目的を同時に実現しながら動作する点にあります。これにより、外力がかかっても、背中の位置を水平に保ったまま動作することが可能です。これは、荷物を乗せて運搬するような実用化に向けた大きなアドバンテージになると考えています。鍵となるのが、全身協調力制御と、マルチコンタクト安定化制御です。
ロボットの全身協調動作を制御するためには、複数の運動目的を実現するための各関節の駆動力を求める必要があります。その演算技術として、独自に開発したGID(Generalized Inverse Dynamics:一般化逆動力学)を利用しています。それぞれの関節が出せる力のスペック限界値や、外力による力の発生上限などの制約条件を拘束として課し、その範囲内で所望な全身の駆動力を演算することで、無理のない動作が可能になります。ソニーのGIDは、計算速度が速く、さまざまなロボットに搭載できる汎用性に優れているのが特長です。
もう1つの、マルチコンタクト安定化制御とは、ロボットが周囲の環境と多様な接触を行いながら、環境から得られる外力を利用して、望む動作と安定化を同時に実現する技術です。脚の接地部に想定外の凹凸があったり、人と接触して横方向に胴体が押されたりした場合でも、転倒することなく、人の感覚に近いスピードで軽やかに対応し、指示された動作を続けることが可能です。安定化制御の出力は、遊脚の着床点、現在接地点におけるCoP(Center of Pressure)に加え、歩行周期となっています。例えば、前進歩行中に強く押されて歩幅が足りず、足が届かない場合、歩行周期を自律的に変化させることで安定化を行います。安定化制御に関しては、脚数に依存しない高い汎用性、歩行だけでなく走行・跳躍に対応、高速な演算時間、歩行周期の自律的な変更がソニーの強みとなっています。
GIDによる全身協調力制御とマルチコンタクト安定化制御のかけ合せにより、俊敏な動きができる低慣性のメカ構成であるモデル1では、関節の力を測るセンサーが不要なトルクセンサーレス力制御を実現。モデル2では、ギア比が大きい、剛性の高いメカ構成でありながらトルクセンサーレス力制御(膝関節のみSEAを採用)ができたほか、マルチコンタクト安定化制御のロバスト性を向上させ、未知の荷物の運搬を実現できています。
安定制御の礎となる全身協調制御とマルチコンタクト安定化制御の説明図

移動技術の最高峰をめざして
これらの技術をさらに進化させていくため、移動ロボットに求められる役割や技術レベルを、具体的に検証する取り組みも加速させています。モデル3は清水建設と共同で開発をすすめており、建設中のビル内でロボットを動作させる実証実験を始めました。段差昇降のような移動性能を評価するだけではなく、例えば、水たまりや開口があるような歩行不適な場所を回避したり、認識が難しいガラス・メッシュの壁面がある空間や強い太陽光が当たる空間を移動するためには、どのような技術が必要になるのか現場のニーズを取り入れながら、ロボットの性能を高めていきます。
また、開発の大きなビジョンである「人とロボットの共存」を見据え、ソニーのクリエイティブセンターと協力しながら、多脚であるものの、人に嫌悪感を抱かせないようなデザインも検討しています。このように、自分たちの技術をどのような形で実用化することができるか、将来のイメージを膨らませながら、日々開発に取り組んでいます。
建設現場での実証実験イメージ動画
実証実験中の6脚車輪ロボットのイメージ動画。建設現場にある脚立などの障害物を回避して移動をしたり、段差の昇降をする動作イメージを紹介。
クリエイティブセンターと検討している将来のデザインイメージ
新移動機構の開発がめざすのは、移動技術の最高峰。優れたエネルギー効率を有し、あらゆる不整地を踏破できる移動技術が実現すれば、ラストワンマイル運搬のような生活シーンだけではなく、例えば山岳地帯や宇宙といった人が行くことができない極限空間まで、ロボットの応用シーンが広がるかもしれません。
私たちは、実用的な移動ロボティクス技術の開発を通じて、様々な領域のユーザーに、これまでにない新しい価値を提供していきます。
Researchers
川浪 康範 Tokyo Laboratory 24
ソニーは、長年の研究開発によって、アクチュエーターやセンサー、デバイス、材料などのハードウェア領域から、制御や環境認識、経路計画などのソフトウェア領域まで、多岐にわたる技術アセットを有しています。カッティングエッジな移動ロボットの研究開発を行っていますが、「世界初」のロボットを開発することも夢ではありません。世界中の様々な産業や人々の生活に役に立つ技術を、世に送り出していきたいと考えています。
神川 康久 Tokyo Laboratory 24
ソニーには、優秀な専門家、エンジニアが集まっており、切磋琢磨して、開発に取り組むことのできる魅力的な研究環境があります。ロボット開発は、責任も多く、学び続けることが求められますが、若い頃から全体を俯瞰した開発に取り組み、自らのアイデアも生かすことができます。社外の協業パートナーやベンダーとの関わりにも、やりがいを感じています。私たちと一緒に、世界一のロボティクス技術を生む仲間の参画をお待ちしています。
木下 将也 Tokyo Laboratory 24
企画から設計、組み立て、実用化に至るまで、一貫した戦略のもと、ロボットの研究開発をしています。私たちのチームは、少数精鋭だからこそ、ロボット開発の幅広さを全て体感できます。また自らの専門領域では解決できない問題も、多くの領域の専門家の力を借りて解決できるのがソニーの強み。従来の常識にとらわれない、ロボット開発の世界を変えるアイデアとパッションを持つ仲間と、研究を続けていきたいです。関連リンク:
Recent Publications
Tachyon: Design and Control of High Payload, Robust, and Dynamic Quadruped Robot with Series-Parallel Elastic Actuators
Yasuhisa Kamikawa, Masaya Kinoshita, Noriaki Takasugi, Katsufumi Sugimoto, Toshimitsu Kai, Takashi Kito, Atsushi Sakamoto, Ken’ichiro Nagasaka and Yasunori Kawanami
2021 IEEE/RSJ International Conference on Intelligent Robots and Systems (IROS 2021)
