物語は素材から始まっていた
- A dialogue with materials for the future: Intro -
どこから来て、どこへ行くのか
見たことのない、グレーがかった素材。
何かを混ぜたような、細かな模様が見える。
一体、何でできているの?
どこからやってきて、どこへ行くの?
不思議な素材にそう問いかけると、長い長い物語が見えてきた。
竹やさとうきび繊維、リサイクルペーパーなどの身近な原材料が
多くの人の手によって採集、回収され、紙として生まれ変わる。
加熱や圧縮をすれば、丈夫な板になり、
大きな機械で力を加えれば、きれいなアーチができあがる。
何もないところから急に現れたのではない。
地球上の資源が姿かたちを変え、
今、ここに存在しているのだ。
素材の物語は、ここで終わらない。
パッケージに使われたり、家具に使われたり。
どこまでも可能性を秘めている。
物語はずっと続いていくのだ。
ヘッドホン「WH-1000XM6」や完全ワイヤレスヘッドホン「WF-1000XM6」、スマートフォン「Xperia 10 VII」などといったソニー製品のパッケージを手にとってよく見てみると、少しざらつきがあり、白一色ではなくグレーや茶などが混ざった色味をしていることがわかる。
実は、これらのパッケージにはソニーが開発した紙素材であるオリジナルブレンドマテリアルが使われている。素材の成り立ち、つまりはストーリーを伝え、お客様とともに資源循環を推し進めていくことを目的に開発された素材だ。そんなオリジナルブレンドマテリアルを用いて、ソニーは新たな挑戦に出た。2026年、世界中の最新のデザインが集まるミラノデザインウィークのフオーリサローネにて、この素材を使った家具や什器の展示を行おうというのだ。目的は、素材のストーリーに触れてもらう機会を増やすこと。なぜそこまでして伝えることにこだわるのか、フオーリサローネ出展までにどのような道のりがあったのか。本記事では、素材のストーリーに着目した人々の想いを紐解いていく。
フオーリサローネの展示の詳細については、Sony DesignのWebサイトをご覧ください。
INDEX
【第1章】素材に目を向けさせる展示。その背景には何がある?
丸みのある輪郭や滑らかな曲線が特徴的な椅子や什器。オリジナルブレンドマテリアルを使ったパッケージと同様、全体的にニュートラルなライトグレーの色合いをしている。その色合いは全体に共通しており、ほとんどのパーツが同一素材でつくられていることが分かる。フオーリサローネで展示する2種類の椅子のうち、座面にペーパーコードを用いたデザインの椅子を手がけたのは、ソニーのデザイナーである塩野 大輔さんだ。
「座面にもオリジナルブレンドマテリアルを使ったのは、素材に注目してもらうためです。同じ素材でもさまざな表情があるからこそ、『面白いかたちの椅子だね』で終わらせず、『何の素材でつくられた椅子なんだろう?』と関心を持ってもらえる。そして実際に触れると、植物由来の素材だからこその優しさやぬくもりが強く感じられる設計になっています」。
塩野さんの言葉からもわかるように、今回の展示は家具を見せるための展示ではなく、家具を通じて素材を見せるための展示なのだ。
廣瀬 賢一さん
(実際の展示イメージ)
そこまで強い想いが込められたオリジナルブレンドマテリアルとは、一体何なのか。プロジェクトの発起人であり、ソニーグループのコミュニケーションデザイナーとして数多くのパッケージデザインを手がけてきた廣瀬 賢一さんに話を聞くことに。「素材の産地の探索から最終的なデザインの制作、回収後の素材の再生まで、ものづくりの全域にわたって考え続けることがデザイン行為である」と信じている廣瀬さんは、2000年代以降、環境配慮素材の開発にも携わってきた。その中で、
「素材のストーリーを伝えたい」という想いが芽生えたそうだ。
「ソニーはこれまでもさまざまな環境配慮素材を用いたパッケージを開発してきましたが、私たちがそうした取り組みを続けるだけでは本当の意味での素材循環は達成できないと思ったんです。パッケージを手にしたお客様自身が、『ゴミとして廃棄する』ではなく『再生できるよう回収に出す』という選択をして初めて、素材の循環が始まる。そのためには、パッケージに使われている素材のストーリーを深く伝える必要があると考えました。人は知ることで、行動が変化していくものなので」。
本質的な素材循環を実現したい。そんな考えから、素材のストーリーを伝えることに重きを置いた素材、オリジナルブレンドマテリアルの開発プロジェクトがスタートしたのだ。
【第2章】伝わる確率を上げるために。
廣瀬さんがまず行ったのは、自分の足で原材料の調査をすること。素材のストーリーを語るためには、まずは自らがストーリーを深く知る必要があったためだ。身近な原材料の候補をいくつかピックした上で、どんなところで、どのように伐採・回収された原材料なのかを調べていった。
最終的に選んだ原材料は「竹」「さとうきびの搾りかす」「リサイクルペーパー」の3つ。「竹といえばパンダがよく食べている植物だよね、という共通認識があるほど竹は広く知られているし、砂糖や古紙は日常的に触れるもの。世界中の方が身近に感じる原材料かつ、伐採・回収の仕方も自信を持って応援できるものを選びました」。
情報を集めた後は日本包材株式会社と連携して、ストーリーが伝わるかたちへの加工・成形に着手した。同社の中国現地法人 日創の副社長兼工場長の王さんは、「素材に目を向けてもらうことで、人々の環境意識を変えるきっかけにしたい。そんな新しいものを生み出したいんだと廣瀬さんに言われて、率直にワクワクしましたね」と当時を振り返る。
「プラスチックが主流だった時代が過去になりつつある今、世界規模で資源の循環や環境配慮素材が求められるようになっており、私たちもそうした素材の開発に力を入れてきました。ただ、メーカーを含めてすべての人が環境への高い意識を持っているかというとそうではないのが現状です。だからこそ、伝えることに重きを置いたオリジナルブレンドマテリアルは、お客様を含め、つくり手や届け手など多くの人の意識を変える可能性を秘めていると感じました」。
とはいえ、世の中にない新しいもの、つまり正解がないものをつくるのは一筋縄にはいかない。パッケージをつくると一口に言えど、最適なサプライチェーンを構築するためには途方もない努力が必要とされる。それでも諦めずに進められたのは、オリジナルブレンドマテリアルが持つ力を確信したからだという。
「パルプ工場や印刷工場に対してこの素材の魅力を説明した際に、『意義のある取り組みですね』『これはすごいものになりますね、協力させてください』と言っていただけることが多く、人々の意識が変化する瞬間に立ち会えたんです。オリジナルブレンドマテリアルだけの試みではなく、この先の未来につながる試みなのだと思いました」。
徹底的に検証を重ねた後に生産体制が整うと、オリジナルブレンドマテリアルをソニーのさまざまな製品のパッケージに用いることとなった。
さらに、グループ会社の名刺やレターセット、ディスクトレイなど、使用範囲を拡大。人々の目に触れる機会も増えていったのだが、プロジェクトチームは満足しなかった。むしろまだ通過点だと考えていたのだ。その理由を廣瀬さんは、「伝わる確率を少しでも上げたかったからです」と語る。「素材のストーリーが伝わる確率を上げるためには、パッケージで満足していてはダメなんです。大切なのは、オリジナルブレンドマテリアルに触れられる機会を増やすこと。そのため当初からこの素材を、紙をはじめ、板材にも建材にもあらゆる使い方ができるようにすべきだと考えていました。これを私は“素材の万能細胞化”と呼んでいるのですが、繊維の性質的にこの活用方法しかできないね、ではなく、何にでも使えるようにすることでより多くの方に届けられるし、興味を持ってもらえるはずだと思いました」。
そこで活用方法を増やすべく、圧縮材を開発することにした。建材などに使われる強度の高い板材だ。相当な荷重に耐えうるものにしなくてはならないため、軽くて曲がりやすい紙素材は圧縮材には向いていない。それでも“伝える”ためには避けては通れないと覚悟を決め、開発に着手。圧縮材を作るために使う接着剤についても植物由来のものを使うべく、成形方法の検証と接着剤の開発を同時並行で進めたそうだ。狙った強度が実現できた際は、大きな喜びを感じたという。
【第3章】対話の生まれる、空間を。
圧縮材が完成し、次のステップへと歩みを進める準備は整った。数えきれないほどの試行錯誤を経て、オリジナルブレンドマテリアルを使った家具の制作と、フオーリサローネへの出展という挑戦がいよいよスタートしたのだ。出展理由について、廣瀬さんはこう語る。
「見慣れた形状や用途ではなく想像を超えたものとして紙が使われていることを知れば、素材に興味を持ってくれる人はもっと増えるはず。また、原材料の選定から製造過程、多様な形状への展開といったここまでの軌跡が見える展示をすることで、ものづくりに携わる人々から直接フィードバックをいただき、オリジナルブレンドマテリアルを進化させていきたいと考えました。その舞台として、フオーリサローネほど適したものはないと思ったんです」。
塩野 大輔さん
伊藤 節さん、伊藤 志信さん
そんな大舞台を目指して、塩野さんに加え、イタリアで活躍するデザイナー伊藤 節さんと伊藤 志信さん(Setsu & Shinobu Ito)がプロジェクトに参画。実は塩野さんは、以前から廣瀬さんとオリジナルブレンドマテリアルについて語り合っていたという。
「横目で見ていてもパッケージだけで終わるような素材ではないと感じていたので、今後はこんなことに活用できるのではないかと勝手ながらアイデアを出していたんです。ですので、今回デザインするチャンスをもらえて非常にうれしかったですね」
伊藤 節さん・伊藤 志信さんもコンセプトに共感してプロジェクトへの参加を決めたという。「紙は、日本古来の自然中心思想の象徴なので、普遍性と可能性を兼ね備えている素材だと思いました。きっとこの家具開発は、紙の未来を拓く挑戦になると感じましたね」。
伊藤節さんは「オリジナルブレンドマテリアルの可能性を知ってもらうこと」を家具開発のコンセプトに設定したと語る。
「クリエイターの多くは、素材を見るといろいろなことを想像するんです。こんなことができるのではないか、こんなことをしたら面白いのではないかと。その好奇心や関心を引き出すことが今回の家具制作、フオーリサローネへの出展の最大の目的だと考えました」。
そこで、素材を最大限生かした気づきのある家具デザインを進めていったという。伊藤 志信さんは「家具制作として椅子を選んだのは、座ることで身体が触れる割合が多いためです」と説明する。
「座る機能だけを追求するのではなく、座る、仕切る、つなげるなど、エレメントを自在に構成・連続させられるモジュール・インテリアファニチャーを目指しました。椅子をつくるのではなく空間をつくるといいますか、人が集まってきてコミュニケーションが生まれる状態をイメージしたんです」。
塩野さんは、オリジナルブレンドマテリアルのダイナミックレンジの広さを表現しようと考えたという。
「椅子という一つのかたちの中に、固い材質もしなやかな材質もすべて混在させ、素材のコントラストを表現したいと思ったんです。OBMを使うとこんなこともできるんだ! という気づきが生まれるかなと。そのため、ペーパーコードの開発をしてほしいと廣瀬さんに頼み込みました」。
コミュニケーションマテリアルを用いた家具によって、コミュニケーションを増大させていく。そんな展示空間づくりを目指したのだ。
ペーパーコードの開発に加え、圧縮材に関しても曲線を生かしたデザインにするための曲げ加工を施すなど、理想の家具を実現すべくさまざまな工夫を行った。その過程では、初めての試みならではの壁がいくつも立ち塞がった。
そんな状況を打破したのが、コミュニケーションだったというのも興味深い。オリジナルブレンドマテリアルを前に皆で意見を交わし、諦めずにアイデアを出し合ったそうだ。
「全員でオリジナルブレンドマテリアルの特性を改めて整理し、どうしたら綺麗なものがつくれるかではなく、どのようにして『らしさ』を伝えるかを軸にコミュニケーションをとることで、一つずつ課題をクリアしていきました」
と、曲げ加工に挑んだ王さんは振り返る。その姿勢はデザインにおいても同様だったと塩野さんは語る。
「廣瀬さんや伊藤 節さん、伊藤 志信さんとコミュニケーションをしていくうちに、アイデアがどんどん広がっていったんです。コミュニケーションマテリアルというのは、お客様と素材の対話だけでなく、開発を手がける私たちの対話も生み出すマテリアルなのだと気づきました」。
塩野さんの言葉のとおり、コミュニケーションマテリアルが指す“コミュニケーション”とは、お客様と素材の対話だけを指すのではなかった。オリジナルブレンドマテリアルを取り巻くすべての人々も含め、広く、豊かな対話をもたらす素材だったのだ。
【第4章】想像を超えて、物語は大きくなっていく。
こうしてできあがった家具を用いた展示のコンセプトは、「『ESQUISSE』A dialogue with materials for the future.」。「ESQUISSE」(エスキース)とは素描やその思考プロセスを表す言葉だ。ソニーの環境配慮素材を「未来を描く素材」とし、それらの素材を用いたさまざまなかたちやアイデアを通じて来場者の皆様と共に地球の未来や環境について考えたい、という想いを込めた。
フオーリサローネへの出展が迫る今の気持ちを問うと、廣瀬さんは「一人でも多くの人に、考えるきっかけをもたらす展示にしたい」と意気込みを見せた。
「伝えることにとことんこだわってきたので、この展示を一目見ただけで素材に着目し、その背後にあるストーリーに想いを馳せてもらえるようにしたいです。もっと言えば、オリジナルブレンドマテリアルをより進化させたいと思ってくれる人が現れたら本望ですね」。
塩野さんや伊藤節さん・伊藤 志信さんも同様に、展示を通じたオリジナルブレンドマテリアルの可能性の広がりに期待するという。
「この素材は人間で言うとまだ赤ちゃんのようなもので、まだまだ伸びしろがある。フオーリサローネには数多くのクリエイターが集まるので、今回の展示によってコミュニケーションが生まれ、そうした方々のインスピレーションの元になれば、と思います」と言うのは塩野さん。伊藤節さん・伊藤 志信さんもまた「学生からデザイナー、家具の制作会社まで、年代を問わずさまざまな人が集まるイベントだからこそ、この展示を通じたコミュニケーションの創出に期待したいです。そしてその先に、再生材を使うことがものづくりにおけるスタンダードになる未来を願っています」と語る。
オリジナルブレンドマテリアルは、素材とお客様との対話だけでなく、開発者、家具デザイナー、包装資材会社など多くの対話を生み出し続けている。素材の物語は、素材の背後にある物語だけでなく、その先に続く大きな物語へと広がっていくのだ。どこに辿り着くのか、道中にどんな感動が待っているのかは、まだ誰も知らない。
後編では、2026年4月に開催されるフオーリサローネの様子にフォーカスする予定だ。展示を目にした人々の反応や、イベントを終えた後のプロジェクトメンバーの想いをお伝えしたい。
Seeds of Emotion 〜 心が動いた、その瞬間。 〜
廣瀬 賢一(ひろせ けんいち)
ソニーグループ クリエイティブセンター シニアデザイナー
主にパッケージデザインデザインや環境配慮素材の開発を手がける
塩野 大輔 (しおの だいすけ)
ソニーグループ クリエイティブセンター リードデザイナー
主にオーディオ系製品を中心にプロダクトデザインを手がける。
Seeds of Emotion
紙、板、紐、さまざまなかたちに
変わるオリジナルブレンドマテリアルの可能性を知ったこと
王 健(オウ ケン)
日本包材株式会社 中国子会社:無錫日創プラスチック有限公司 副総経理兼工場長
さまざまな素材の包装資材の企画・開発設計を手がける。
Seeds of Emotion
オリジナルブレンドマテリアルが素材のつくり手たちの
意識も変える力を持つと気づいたこと
伊藤 節、伊藤 志信(いとう せつ、いとう しのぶ)
Setsu & Shinobu Ito
イタリア、日本を拠点に、インテリア、インダストリアルデザインを手がける。
Seeds of Emotion
普遍性と可能性をもつ紙の未来を
拓く挑戦に携われたこと

Seeds of Emotion
原材料を剪定伐採する地域で、
人と自然とがうまく共生している光景を見たこと