誰もが音楽を楽しめる世界へ。
ーSTREET YURU MUSICー
音楽の常識を、飛び越える音がした。
「自由に、やりたいように、楽しく!」
隣で楽しそうにドラムを叩いている人にそう言われて、
何が正解か分からないけど、不思議な楽器をトン、と軽く叩いてみる。
ドゥン!とドラムのかっこいい音が響く。
フワッとやさしく光って、紫や緑の光が周りの空気を照らす。
ドン、カッ、ドン、ドン!
みんなの音が振動となり、からだにどんどん伝わってきた。
そうか、音は聞くだけのものではなくて、目に見えるし、さわれるものなんだ。
“ 両手を広げてー あなたを丸ごと ぎゅーっとぎゅーっと OH ハグハグ ”
演奏している人も、それを見ている人も、大人も子どもも笑っている。
偶然通りかかった人も立ち止まり、からだを揺らし始める。
楽器って、もっと難しくて堅苦しいものだと思っていた。
音楽って、得意な人だけのものだと思っていた。
だけど、そんなことないのかも。
だってわたし、今、みんなと音楽を楽しんでいる!
8月、太陽が照りつける猛暑日の東京・銀座。働く人から観光客までさまざまな人が行き交う大通りの先のGinza Sony Parkで、打楽器やサックス、そして「ハグハグ」という歌詞を繰り返すにぎやかな音楽が鳴り響いている。会場の中央を見れば、手作りガムテープ太鼓を自由に叩く子どもたちと、力強い音と光を放つ楽器を奏でる人々の姿がある。このイベントは、ゆる楽器を開発するソニーグループが、ロックバンド「サルサガムテープ」とタッグを組んで開催したものだ。その名も「STREET YURU MUSIC」。ゲリラライブだったにも関わらず大歓声に包まれたこのライブは、一体どのような目的で行われたのか。その想いを語るためには、まずはゆる楽器開発そのものの発端に遡る必要がある。
INDEX
誰もが音楽を楽しめているか?
「一言で説明すれば、誰もが楽器を、音楽を楽しめる世界にするために立ち上がった取り組みです」。
そう語るのは、ソニーグループ クリエイティブセンターの秋田実穂さん。「STREET YURU MUSIC」でも使われていた音と光を放つ楽器、ハグドラムのデザイナーの一人だ。
「楽器を演奏したいけど自分には難しそう、音を間違ってしまったらと思うと怖い、といった楽器への苦手意識を持っている方は少なくないと思います。そうした課題を解決すべく立ち上がったのが世界ゆるミュージック協会さんで、そしてその考えに賛同した、ソニーグループ クリエイティブセンターがプロジェクトに参画し、ゆる楽器の開発やイベント開催を行っています。音楽は特定の誰かだけのものではなく、すべての人のためのものであってほしいと私自身思いますね」。
では、プロジェクトの肝でもある「ゆる楽器」とは一体どのような楽器なのか。
「『できたらうれしい、できなくてもたのしい』という考え方を元に作られたプロトタイプの楽器です。特別なスキルや経験がなくとも誰もがすぐに演奏できること。さらに、従来の楽器のように、練習することで上達できる伸びしろがあること。その両方を兼ね備えているのが特徴だと思います」。
ゆる楽器について説明する秋田さんは「誰もが」という部分を再度強調する。
文字通り『誰もが』演奏できるよう、多様なユーザーを包含・理解することで新たな気づきを得て一緒にデザインするインクルーシブデザインの手法を採用しています。また、聴覚障がいのあるリードユーザーやプロのミュージシャンの方々にも楽器開発メンターとして加わっていただき、多様な視点をもとに開発を進めていきました。
言葉で語ると簡単なようだが、プロトタイプの完成までの道のりは非常に険しく、わずかな振動の違いや光り方などをギリギリまで調整し続けたという。あくまでユーザーの意見を第一に。その姿勢が揺らぐことは決してなかったそうだ。
「完成したゆる楽器をイベントで披露した際、ゆる楽器に触れた方が目を丸くしている様子や、そのご家族やご友人までもが嬉しそうにされている様子を見て胸が震えました。楽器とは演奏している人だけでなく、周囲の人も巻き込んで楽しめるものなのだと改めて実感しました」。
いざ、壁を打ち破るライブを。
秋田さんが語るように、その場にいる誰もが楽しめる場を生み出す力が楽器にはある。そこで、ゆる楽器を多くの方に体験してもらうべくさまざまなイベントやデモに出展してきた。そして迎えた今回の「STREET YURU MUSIC」。Ginza Sony Parkで行うにあたり、共演者としてタッグを組んだのはロックバンド・サルサガムテープ。障がいのあるメンバーも多く所属するサルサガムテープの代表を務める、ミュージシャンのかしわ哲さんは、ゆる楽器とのコラボを決めた理由について「やりたいこと、目指す世界が似ていると感じたから」と語る。
「No Border No Wall. 音楽とは、熱いパッションがあれば共有できるものであってほしいと常々思っています。そんな中、ゆる楽器の活動の話を聞き、ああ、この活動が見据えているのは自分たちが願う世界と同じだなと感じたんです。障がいの有無によって生まれる見えない壁を打ち破って、音楽をもっとひらかれたものにしたいと」。
「特にハグドラムは軽く触れるだけで音や光が放たれるので、力があまり出ない方や身体に麻痺がある方も一緒に演奏することができる。私たちが普段扱っているバケツとガムテープを用いた太鼓の他、そうしたゆる楽器を用いてライブをすることでどのような化学反応が起きるのか楽しみでしたね。また、今回披露する『oh! hug hug』という曲は、コロナ禍以降人と人との距離が遠くなり、ハグし合うという基本的な触れ合いが失われつつある日常を変えたい、もっと出会いや交流を大切にしたいという想いが詰まっているので、ストリートライブだからこその出会いや触れ合いが起きたら嬉しいなと考えていました」。
楽器を奏でる楽しみを、そしてそれをみんなで共有する感動を届けたいと切に願うメンバーが団体の枠を超えて集い、いよいよ「STREET YURU MUSIC」当日を迎えることとなった。
「音楽って、こんなに自由なんだ」と一人が呟いた。
さまざまな人がゆる楽器やガムテープ太鼓に触れ、『oh! hug hug』の歌詞を共に熱唱する光景が広がった「STREET YURU MUSIC」。見渡すと、演奏者も観客も、会場にいる誰もが笑顔だった。その笑顔は無理やりつくっているものではなく、ただただ音楽が楽しくて、思わず溢れてしまうような笑顔だった。
(中央・右)楽器経験のない方々も一緒に演奏を楽しむ
「音楽って、こんなに自由だったんですね。やりたい!という気持ちさえあれば楽しめる。すごく新鮮な体験でした」と語るのは、偶然会場を通りがかり、楽しそうな雰囲気に惹かれて演奏に参加したという方。
「私は楽器の経験者ではないのですが、バンドの方々も、観客の方々もみんなが盛り上げてくれたので楽しく演奏することができました。ゆる楽器も初めて触ったのですが、演奏するうちに音と一体化するというか、自分も音楽の中に入っていく感じがして驚きました」。
また、子どもたちからは「軽くトン、と叩くだけでドラムの大きな音が出てかっこよかった。思ったより簡単だった」という声や「みんなで一緒に演奏するのが楽しい!」「もう一回やりたい」という興奮冷めやらぬ声が多数寄せられた。
さらにはフランスから訪れたという方々からは「言葉が通じずとも音楽で楽しくつながることができ、とても良い体験ができた」という感謝の声も上がった。
一体感を感じたという感想を抱いたのは、参加者だけにとどまらない。サルサガムテープのメンバーであり、ドラマーの梶原徹也さんもまた「1~4歳の子どもたちも含めて、演奏者と観客が入り乱れながら一つの音楽をつくり上げていけた」と振り返る。
「デジタル楽器であるハグドラムはどのように聞こえるのか。そこが気になってはいたのですが、演奏者同士の距離が近いため一体感を持って演奏することができました。大成功だったのではないでしょうか。それに、音楽とは生きているエネルギーそのもの。子どもも障がいがある方も、楽器が苦手な方も、誰もがエネルギーを解放できるものとして音楽がさらに進化していってくれたら、と今回のライブを通じて改めて思いました」。
ソニーグループ社員のろう者 調 樹里杏さん
サルサガムテープのメンバーとして巨大なガムテープ太鼓を操り、ダイナミックな音色を会場に響かせた西塚佳生さんと栗山有芽さんは、「本当に楽しかった!」と眩しい笑顔を見せる。また栗山さんは「やっぱり音楽は最高だと思いましたね。最初は少し緊張したけれど、中盤からはみんなで思いきり楽しむことができました」と語った。
さらに、メンバーとして今回のイベントに参加した ソニーの社員であり、ろう者である調樹里杏さんは、普段はピアニストとしてクラシックの領域でも活躍しているが、今回のイベントの「間違えても問題ない」という部分に感動したと語る。
「リズムがずれてしまったり、タイミングを間違ってしまったりしても誰も嫌な顔をしない。クラシックは美しい音を目指して音楽と向き合う印象が強いのですが、今回のライブは人と向き合うことに重きが置かれているような気がしました。しかも一つの素敵な音楽として成り立っていたので、とても感動しました。また、私は聴覚に障がいがあるためリズムがズレることにかなり不安を感じていたのですが、ハグドラムからみんなの音の振動が伝わってきたり、メンバーが大きくリアクションをとってくれたりしたおかげで楽しんで演奏することができました。聞こえない、聞きづらいという方々に対して、味方はいるんだと伝えてくれるような、そんな意味合いもあるイベントだったと思います」。
音楽を、人が人を想い合う未来を、信じている。
こうしてまた一歩、音楽を誰もが楽しめる未来に向けて歩みを進めたゆる楽器の取り組み。デザイナーの秋田実穂さんは、今後について「楽器をつくるのではなく、空気感をつくっていきたい」という。
「楽器への苦手意識がなくなったり楽しみを見つけたりできるのは、楽器の周りの空気感があってこそだと考えています。演奏を通じて周りの人が笑顔になっている様子を見て、自分自身がその輪の中に入ることで初めて、音楽の楽しさを体感できる。さらに、そうした空気感の共有により、人々がお互いに関心を持ち、想い合うきっかけを生み出すこともできるはず。ゆる楽器を通じて、そんな未来を目指したいと思います。」
サルサガムテープ代表のかしわ哲さんもまた、音楽の新しい境地を切り拓いていきたいと語る。
「障がいの有無に関わらず誰もが音楽を楽しめる未来をつくりたいし、こうした活動を行っていると、夢物語ではなく本当に目指せるはずだと感じます。脚しか動かせない、ではなく、脚が動かせるといえる社会に。それならゆる楽器を使って一緒に音楽を奏でられるね、と言える未来に。みんなで力を合わせて挑んでいきたいです。
楽器を生み出す人、楽器を奏でる人、プロジェクトを推進する人……。多くの人々が関わっている取り組みだが、「Music for All」という想いは全員に共通している。その想いは着実に共鳴を呼び続けている。音楽は私たちが認識しているよりもずっと、人の心を動かし、人をつなげる大きな力を秘めているのかもしれない。その可能性を求めて、ゆる楽器の取り組みはこれからも進化し続けていく。
Seeds of Emotion 〜 心が動いた、その瞬間。〜
秋田 実穂 (あきた みほ)
ソニーグループ クリエイティブセンター デザインプロデューサー
ゆる楽器を中心として様々なプロダクトデザインを手がける。
かしわ 哲 (かしわ てつ)
サルサガムテープ 代表
NHK「おかあさんといっしょ」5代目うたのおにいさん。ミュージシャン。
Seeds of Emotion
音楽によって「No border, No wall」を
多くの人と一緒に叶えていける未来が近づいたこと
梶原 徹也(かじわら てつや)
サルサガムテープ メンバー
元THE BLUE HEARTS ドラマー。サルサガムテープではドラムを担当。
Seeds of Emotion
ストリートライブを通じて
みんなでエネルギーを大放出できたこと
調 樹里杏 (しらべ じゅりあ)
ソニーグループ ソフトウェア設計/ ろうのピアニスト・パーカッショニスト
ゆる楽器のメンターや奏者としても活躍。
Seeds of Emotion
「音を楽しむ」ことに重きを置かれた音楽を思いきり味わえたこと
サルサガムテープ メンバー一同
福祉施設を拠点として1994年にスタートしたロックバンド。
ポリバケツにガムテープを貼った手作り太鼓を用いる。
Seeds of Emotion
ライブに訪れた方々の多くの笑顔を浴びたこと
音楽が好きだという自分の想いを再確認できたこと

Seeds of Emotion
誰もが演奏できる楽器で、みんなが笑顔になっている瞬間を目にしたこと