MENA Hero Projectの話を初めて聞いたとき、直感的に「これだ」と思いました。これは自分たちにうってつけだ、と。ソニーはストーリー性の高いゲームを作ることで有名で、これまでもプレイヤーの心を動かす作品を多く世に送り出してきました。我々Lanterns Studioも設立当初から、ストーリーテリングと人々の感情を大切にした作品作りを心がけてきました。最初から方向性が一致している、私たちは同じDNAを共有していると感じました。
資金的な魅力に惹かれて応募したというわけではありません。多くの人はそのように思うかもしれませんが、実際にはそれ以上に、創造性やクオリティの水準を押し上げてきた方々とコラボすることで、インディースタジオとして学び、成長したいという思いが強かったのです。MENA Hero Projectに参加するということは、ソニーのプロデューサー陣と直接関わり、メンタリングを受け、私たちを刺激し高みへと導いてくれるプロフェッショナルたちとつながることを意味しました。
結果、私たちは作品の完成度をさらに引き上げ、より組織的に、よりクリエイティブに、そしてより世界に開かれたスタジオを目指すようになりました。そして何よりも、人々の心に響くストーリーを届けるという私たちの信念を貫くことの大切さに改めて気づかされました。MENA Hero Projectへの参加は、単なるチャンスにはとどまりません。言うなれば、自分たちの姿を映し出し、未来の自分たちを示してくれる鏡のような存在でした。
ソニーと MENA Hero Project を通じて取り組んでみて感じたのは、自分たちが評価されたという実感以上に、スタジオとして大きく成長するきっかけになったということです。プロジェクトの初期段階から、ソニーが積み重ねてきた豊富な知識やメンターシップに触れる中で、ゲーム制作そのものへの向き合い方が少しずつ変わっていきました。気づけば、私たちは自分たちの枠の中だけで考えるのではなく、世界基準の表現やクオリティを見据えて創作に取り組むようになっていたのです。
毎週のように、ソニーのプロデューサーたちは私たちに課題を与えてくれました。それも、ルールを押し付けるのではなく、適切な質問を投げかけ、私たち自身の考えを引き出してくれたのです。そのおかげで、制作の進め方を洗練させ、生産プロセスを効率化し、ゲームが伝えたい本質について戦略的に考える習慣が身につきました。このメンターシップは私たちに大きな変化をもたらしました。規律と創造性は相反するものではなく、互いを支え合うパートナーであることを教えてくれました。MENA Hero ProjectはLanterns Studiosを根底から変えたわけではありません。むしろ、自分たちのアイデンティティをより明確に、自信を持って表現できるよう手助けしてくれたのです。何よりも、卓越性とは単なる目標ではなく、習慣であるこということに気づかされました。そしてそのことを、私たちは地域の次世代クリエイターたちに伝えていこうと胸に刻んでいます
あらゆる過ちを正そうと試みる主人公が、ついには完璧を追い求める行為には必ず代償が伴うということに気づく物語です。このゲームは、同じことを繰り返すこと、執着する心、そして「あと一度だけチャンスがあれば全てうまくいくのでは」という幻想を軸に展開していきます。しかし、ループを重ねれば重ねるほど、人間の不完全さが浮かび上がっていくばかりです。『The Perfect Run』の本質は、何かに打ち勝つことではありません。なぜ失敗したのかを理解し、決してリセットすることのできない自分自身の不完全な一面を受け入れながら生きていくことを体験するためのゲームなのです。
小説をゲーム化する作業はとても複雑です。すでに多くのファンに愛される原作の世界に足を踏み入れることになるからです。本には独自のリズムと、心に響く感情の深みがあります。『The Perfect Run』で最も大きな課題となったのは、そのバランスをどう保つかという点でした。原作に忠実でありながら、ゲームとしても成立する形に発展させる必要があったのです。
小説をそのまま写すだけでは、物語は生きません。時間とともに展開する物語に対して、ゲームはプレイヤーの意思や行動が介在する空間であり、生きた体験として成立させなければなりません。そこで私たちは『The Perfect Run』の本質を改めて考えました。作品のどの瞬間や感情が、その作品らしさを形作っているのか。変えてよいものは何か、決して変えてはいけないものは何か。原作者のマキシムさんがチームに加わってくれたことは、大きな後押しとなりました。彼の存在により、物語の核となる部分や大切な要素、そしてアレンジしても良い部分を明確に見極めることができたのです。その結果、100以上のチャプターからなる物語を、核心を損なうことなく一つのシームレスな体験へと凝縮することができたのです。
もちろん、全ての要素をゲームの中に収めることはできませんでした。いくつかのサイドストーリーは省かれましたが、それを損失とは考えていません。むしろ、DLC(ゲームに新たな要素を追加するダウンロードコンテンツ)や世界観の拡張といった、未来に向けた可能性の種として捉えています。『The Perfect Run』をゲーム化するにあたり、小説を単に削ぎ落とすのではなく、それを新たな形で生まれ変わらせ、プレイヤーがその世界を生きられるようにすることこそが狙いでした。
Lanterns Studiosでの制作は、すべて物語から始まります。物語は後付けするものではなく、制作に取りかかる理由そのものなのです。すべてのプロジェクトは「プレイヤーに、どんな感情を体験してほしいのか?」という一つの問いかけから始まります。『The Perfect Run』はそのビジョンに向けた第一歩であり、ありえない状況下に置かれたごく普通の人間を描いた物語です。私は常々、日常と非日常のあいだの曖昧模糊としたグレーな空間に心惹かれてきました。その空間の架け橋となるのは、人の感情そのものだと考えています。
私たちはまだごく小さなチームですが、創造には自由さと秩序の両方が欠かせない、という共通の信念があります。私の役割は、ビジョンを明確に保ちつつ、メンバーひとりひとりが自分のやり方で、そこに辿り着ける余白を確保することです。今後は、MENA地域発のナラティブ重視のスタジオとしてLanterns Studiosを確立し、心に響く真摯な物語を届けていきたいと思っています。私たちの文化には、この地域特有でありながら誰もが共感できる個性があり、ここから発信する声には、世界に届ける価値があります。名作と呼ばれる物語とは、画面が暗転しても人々の心の中で静かに光を灯し続けるものだと私は思います。
MENA地域のゲーム開発市場は、目覚ましいスピードで進化しています。多くの人が想像するよりずっと早く、特にインディークリエイターたちの間で、自分たちの声や文化、現実に根差した物語を届ける力に自信を持ち始めるという、新たなエネルギーを感じます。ゲームをプレイするだけでなく、向上心や好奇心、そして強いアイデンティティをもって自らゲームを生み出す世代が誕生する瞬間を、初めて目の当たりにしている感覚です。
とはいえ、まだ土台は非常に不安定です。才能ある開発者はすでに存在していますが、資金やメンターシップ、それを世に広める仕組みといった周囲の環境は、まだ成長段階にあると思っています。そんな中、コラボレーションという自然な協力関係が広がっていることは、私にとって非常に心強いことです。チュニジア、エジプト、サウジアラビアなどの開発者たちが互いに手を取り合い、知見を共有し、国境を超えてコミュニティを築きつつあります。
こうしたつながりを育み、挑戦やリスクを恐れず挑む気持ちを支える場を作り続けることができれば、この地域は単なるゲーム業界の一参加者にとどまらず、決して無視できない個性と独自性を持った存在として世界に貢献できると私は考えています。
一つだけアドバイスできることがあるとすれば、世間のノイズではなく、自分のスキルや創作そのものに集中することです。流行を追うことや他人の評価を得ることは魅力的に思えるものですが、それらはいつしか色褪せます。長く愛されるものとは、作品やゲーム、美術、そして技術そのものに誠実さが宿っているものばかりです。
スピード感よりも重要なのは忍耐力です。この業界で最終的に報われるのは、辛抱強く耐え続け、挫折から学び、人の目がない時でも創作の手を止めない人です。ひとつひとつのプロジェクトや失敗が、クリエイターとしてのあなたの声に確かな深みを与えてくれます。外からの評価を求めることや、注目を浴びるためだけに作品を作るのではなく、自分の中から湧き上がる本当に伝えたいことのための作品作りを心がけてください。
誠実に作品と向き合えば、必ず世間はあなたを見つけ出してくれます。その日はすぐには訪れないかもしれませんが、いつか必ずあなたの思いは形になります。情熱を失わず、忍耐を重ね、そして何より時間をかけて成長をしていく過程を信じてください。その過程の中で、本物の芸術は初めて花開くのだと思います。
私にとって創作とは、感情から生まれるものです。使命というとやや大袈裟かもしれませんが、私はゲームを通してプレイヤーの心の琴線に触れることを目指しています。ゲームは単なる娯楽ではなく、言葉では伝えきれないことを表現するための、ひとつの言語だと考えています。
口に出して言えないことも、ゲームのシーンのリズムやサウンド、あるいはプレイヤーの選択を通して伝えることができると常々感じています。画面が暗転したあとに残る余韻の中に、人の本心が宿るのだと思います。
私自身の心に残っているゲームは、惰性でプレイした作品ではなく、喜びや恐怖、共感、喪失感といった感情を与えてくれた作品ばかりです。そのような体験を、私も人々に届けたいと願っています。ゲームをプレイした誰かが、何年か経って、内容や細かいディテールではなく、その時感じた思いや心に響いた瞬間をふと思い出す、そんな作品を作りたいと思っています。それこそが私が創作を続ける原動力、いわゆる”Voice”です。人の心が共鳴し、そしてエンドロールが流れた後もその感覚がずっと心に残るような作品を世に届けたいと考えています。
チュニジアを拠点とするゲーム開発会社、Lanterns StudiosのCEO兼共同創設者。ナラティブ重視のAA/AAAタイトル『The Perfect Run』をはじめとした作品で知られる。ジャウアビのリーダーシップのもと、同スタジオはXRやVRアプリの開発、モーションキャプチャサービスも手がけ、北アフリカ屈指の制作拠点として存在感を高めている。また、ゲーム開発者向けの教育機関であるAcademy InteractiveのCEO兼共同創設者としても活動し、次世代の才能を育て、チュニジアのゲーム業界の発展に大きく貢献している。