「ソニーのデザインは統一されていなければならない」
1953年にソニーと嘱託契約を結んだ大賀 典雄(のちに社長、会長)は、1959年に正式に入社した。その2年後の1961年、大賀は創業者で当時副社長だった盛田 昭夫にある進言をする。
「ソニーのデザインは統一されていなければなりません。デザイナーをひとつの場所に集めましょう」。
ソニーではそれまで、テープレコーダーはテープレコーダー担当、ラジオはラジオ担当というように、それぞれの事業部にデザイン担当者が分散していた。デザイナーは各自の裁量でデザインし、直属の部長のOKが出ればデザインは決まってしまう。それに「SONY」のロゴがついて市場に出ていく。これでは会社のイメージは統一できないと大賀は考えた。
進言を受けた盛田の返事は「それじゃ、あなたやりなさい」。こうして1961年、デザイン室が新設され、大賀が初代デザイン室長となった。社内のデザイナーを一ヵ所に集めて、デザインに一つのしっかりした方向性を持たせる。どの事業部でつくったものでも、「SONY」の名前で出ていくからには一貫したフィロソフィーを持っていなければいけないというのが大賀の信念だった。それは間もなく黒と銀を基調とした“ブラック&シルバー”と呼ばれるデザインを生み出した。黒と銀で美しさを表現する─それはまた、ソニーのイメージを決定づけるデザインでもあった。
戦後に生まれたソニーが中小企業の域をやっと出るか出ないかという時期に、ソニーのコーポレート・イメージ、プロダクト・イメージ、さらにブランドイメージを確立するためにいかにデザインが大切であるかを大賀はいち早く察知したのである。“ブラック&シルバー”はその後長く、ソニー製品の基本スタイルの一つとなった。