「歩く」ことが、義足の子どもたちの「走る」夢を叶える
ーソニーグループが設立した「Arc & Beyond」の「あなたの一歩を誰かの一歩に」プロジェクト
2024年4月にソニーグループが設立した一般社団法人「Arc & Beyond」は、多様なパートナーと共創し、経済的な合理性の外側にある社会課題の解決を目指したさまざまな活動を立ち上げています。その一つである、子ども向けのスポーツ用義足(ブレード)の普及を目指した「あなたの一歩を誰かの一歩に」プロジェクトは、健康アプリ「Tune Life毎日運動」やソニー健康保険組合と連携しながら、歩く・走るという行動を通じ、義足の子どもたちの走る夢を実現する新たな試みです。本プロジェクトをリードするArc & Beyondの小路拓也に、狙いや思いを聞きました。
目次
アスリート以外の義足ユーザーも日常的にスポーツを楽しめる世界へ
「あなたの一歩を誰かの一歩に」プロジェクトは、ブレードの体験イベントなどを開催する非営利法人「ギソクの図書館」のメンバーで、趣味としてスポーツを楽しむ義足ユーザーである吉川和博氏との出会いをきっかけに生まれました。アスリートではない義足ユーザーも、スポーツを楽しむ機会は平等にあるべきだと考えた小路は、Arc & Beyondやソニーのアセットを活用した、新たな取り組みを考え始めました。
市民ブレードランナーである吉川氏(右)と小路(左)
スポーツ用義足がなかなか広がらない要因の一つが、「経済的な合理性の外側にある」こと。市場が小さいうえ、カーボン製のブレードは製造費が高く、医療保険も適用されません。加えて、子どもの場合は、成長に応じた交換も必要です。そこで小路は、経済的な合理性を成立させるために、運動習慣や健康増進といった大きな市場と子ども向けのブレードという小さな市場を掛け合わせ、歩く・走ることを通じて、それさえ難しい人を支援するスキームを考えました。
小路が所属するArc & Beyondは、こうした経済的な合理性の外側にある社会課題に、持続可能な形で挑む団体です。一つの会社や団体では解決が難しい社会課題にも、複数の企業・団体の力やビジネスの発想を掛け合わせ、課題解決を目指した事業を共創しています。
「ビジネス課題の解決を通じ、さまざまな人をつなぎ、支援の輪を広げることで、社会課題の解決を目指す義足のプロジェクトは、まさにArc & Beyondの縮図とも言えます」(小路)
構想から1か月で実施した実証実験
小路は、イノベーション創出支援サービスなどを提供するSony Acceleration Platformで約半年間、新規事業の検討に携わった経験があります。また、ソニーグループのモビリティ事業の立ち上げに携わる中でパートナー探索を進めた経験も活かし、構想からわずか1か月足らずの2025年3月から、実証実験を始めました。まずは、ソニーグループとエムスリーの合弁会社であるサプリムが手掛ける健康アプリ「Tune Life毎日運動」で毎日の歩数を計測するだけで参加できる仕組みとし、参加者の2週間の合計歩数500万歩を達成すると、Arc & Beyondから「ギソクの図書館」にブレード1本を寄贈する形式としました。そして、ソニーグループ社員を対象として、「義足の子どもたちの"走りたい"を一緒に叶えよう!『あなたの一歩を誰かの一歩に』プロジェクト」と題したメールを配信し、参加者を募りました。
短期間で実証実験を実現した秘訣について、小路は「過去の事業経験から、パートナーを獲得するには、まずwin-winの関係を構築することが重要」と明かします。今回の場合、アプリ側にとっても社会貢献の要素が入ることで、新しいユーザーの流入というwinが期待できます。その上で小路は、「既存の機能を活用し、専用コードの発行という作業のみで参加者データのトラッキングを実現できたので、最低限のコストで進めることができました」と説明します。
そうして動き出した実証実験には、社員651名が参加して合計2000万歩以上を記録。目標を大きく達成し、ブレードの寄贈に繋がりました。
「"誰かのために"が運動のモチベーションに」
実証実験終了後には、アプリから得られる歩数や個人属性のデータからは読み取れない、行動の裏側にある気持ちも探るべく、参加者へのアンケートと15人への個別インタビューを実施しました。その結果、「"誰かのために"が運動のモチベーションになった」「自分のペースで社会貢献できるのでハードルが低かった」「SNSやウェブでの勧誘は不安な一方、自分の会社からの案内は安心して参加できた」といった声が上がり、社会貢献に関心を持つものの、一歩踏み出せずにいた層にリーチできたことがわかりました。小路は、「社会貢献と、運動習慣による健康という、2つのプラスのループが回ることに気づきました」と振り返ります。
健康保険組合とタッグを組んだイベント開催
実証実験を経て、社会貢献が運動を継続する原動力になる可能性が見えてきたことから、次に小路はソニー健康保険組合(ソニー健保)に話を持ちかけました。健康保険組合は、企業が社員とその家族の健康保険を運営するために設立する公法人であり、医療費(給付)の拠出も行う組織であるがゆえに、「社員の健康増進」がミッションの一つです。ソニー健保の稲垣まりかは、加入者の『運動不足』『座りすぎ』の解消を目的にウォーキング事業に力を入れてきましたが、課題にも直面していたと語ります。
「プログラム参加者が固定化しており、より多くの方が気軽に参加できるイベントにしていく必要性を感じていました。そんな中、『あなたの一歩を誰かの一歩に』プロジェクトの話を聞き、プロジェクトの名称自体がウォーキング事業と相性が良いことや、従来の参加者とは異なる層をターゲットにできること、健康への取り組みに社会貢献という新たなモチベーションを加えられる点が、ソニー健保にとってもメリットになると感じました」
そうして、稲垣と小路は互いに共感し、ソニー健保がコロナ禍以降、定期的に開催する、場所や時間を問わず一人でも参加できるウォーキングイベント「オンライン歩きing」において、コラボレーションが実現。参加者がアプリで日々の歩数を記録し、目標歩数をクリアすると獲得できる達成賞(ポイント)の一部を「ギソクの図書館」に寄付するという仕組みを作りました。このコラボイベントの参加者数は、前年度比1割増の4497名におよび、アンケートでは約1割が参加動機の一つとして「達成賞の一部を寄付することができた」と回答。社会貢献と運動習慣の相乗効果を改めて実証することができました。
「オンライン歩きing」の期間中には、リアルのウォーキングイベントも開催され、東京・神奈川地区のイベントには義足ユーザーである吉川氏も来場。参加者との触れ合いを通して、義足ユーザーが抱える課題の認知拡大にも繋がりました。小路は「健康保険組合員という既存のコミュニティを一気に動かせるというダイナミクスやスピード感は期待以上でした」と笑顔で語ります。
「オンライン歩きing」参加者推移
リアル開催イベントで参加者と交流する吉川氏
エンタメや社外も巻き込み、支援の輪を広げ続ける
ソニーグループ内での検証を経て、ソニー外の企業との連携も始めるなど、徐々に支援の輪を広げる「あなたの一歩を誰かの一歩に」プロジェクト。今後は、参加者を増やし、定着させる施策に注力していきたいと小路は意気込みます。
「参加者の幅を広げるために、まずはエンタテインメントとのコラボレーションを通じた若年層へのアプローチと、ソニー外の企業との連携強化に取り組む予定です。並行して、一度参加した人の継続性を担保するべく、個人の貢献を可視化する仕組みづくりにも力を入れます。そうして、一人ひとりの行動を大きなムーブメントに変え、どんな子どもも走ることを楽しめる世界を実現していきたいです」
経済合理性の壁を越えて、機会格差の不均衡をなくし、感動を原動力にした新しい社会の共創を目指して、Arc & Beyondはこれからも活動を広げていきます。
小路 拓也(しょうじ たくや)
一般社団法人 Arc & Beyond インパクトクリエイション部 ゼネラルマネジャー 2011年に国内の自動車メーカーに新卒入社。ソフトウェアエンジニアとして量産設計・海外駐在・研究開発を経験。2019年にソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)に中途入社。モビリティの進化への貢献を目指した取り組み「VISION-S」の新規事業立ち上げや、ソニー・ホンダモビリティ株式会社で「AFEELA」の自動運転システム開発に従事。2025年より現職を務め、スポーツ・教育の分野を中心に、社会課題をビジネスの力で解決する新規事業の立ち上げに取り組む。