講演会レポート
羽賀 豊氏
創造性とビジネスをつなぐ
クリエイティブセンターでは、多様な業界の第一線で活躍されている方をお招きしてお話を伺い、
学びを得る活動を行っています。今回は住宅設備機器のグローバル企業である株式会社LIXILで、
国内におけるブランド、デザイン、マーケティング全体を統括する羽賀 豊さんにお話を伺いました。
ソニー出身者でもある羽賀さんがビジネスや経営の最前線で得た
「感情をビジネスに変換することがデザインの価値」などの言葉は
デザイナーの役割を再確認させてくれるものでした。講演会の内容をダイジェストで紹介します。
デザイン&ブランド ジャパン、リーダー
NODEA ブランドディレクター 2014年、LIXIL入社。ハウジングテクノロジー事業のデザイン部門責任者として活動。2021年4月よりハイエンドブランド「NODEA」を発足し、事業責任者として運営にも携わる。2025年4月、建材製品と水まわり製品のふたつのデザインセンターを統合したDesign & Brand Japanを立ち上げ、担当役員として暮らしの新しいスタンダードを追究している。
ソニーに新卒入社し、
その後LIXILへ
私のキャリアは新卒で入社したソニーから始まりました。当時から私は「自分の仕事は自分で決める」という我が強いタイプでしたが、そんな姿勢を会社も面白がってくれ、オーディオの商品企画を皮切りに、ロシアやオランダに赴任して市場拡大を担当させてもらうなど、チャレンジングな経験を積ませてもらいました。
そして2014年、新たな挑戦の場としてLIXILに転職しました。その背景には、オランダ赴任時に各国・地域を出張して「ヨーロッパのQuality of life(生活の質)は素晴らしいな」と深く魅了されたことから「日本の暮らしの価値向上に取り組みたい」という想いがありました。
今回の講演では、これまでの仕事を紹介しながら、「感性をいかに事業につなげていくか」について話したいと思います。
ソニーグループ クリエイティブセンター センター長 石井大輔との写真。
講演のきっかけは、石井が「NODEA」のショールームを訪問して、そのクオリティの高さに感銘を受けたことに始まる。
暮らしの価値を高めること
LIXIL入社後は、住宅のエクステリアを扱うハウジングテクノロジー事業のデザイン部門の責任者として活動を始めました。以来、暮らしの新しいスタンダードを目指し、人・時間・空間をデザインして、暮らしの価値を高めることをテーマに掲げ、製品づくりに取り組んでいます。例えば、下記のLIXILカーポートSCは、従来は左側のデザインだったのですが、「住宅に調和する上質さ」という観点で構造から見直し、右側のデザインに刷新しました。
LIXIL カーポート SC。2017年のグッドデザイン賞BEST100を受賞した(カーポートSCシリーズ全商品、SC3000を除く)
エクステリアの製品デザインに際しては「街並みから見る視点」も大事にしています。なぜなら、外観が美しい家が並んでいると、街並みが素敵になり、その街に愛着が湧き、汚さずに綺麗にしようとする住民が増えるというポジティブなループが生まれると思うから。そのような考えのもと、ポストや宅配ボックス、玄関周りのライトなど、一つひとつの製品のデザインに地道かつ徹底的にこだわっています(下記左写真)。
さらに「人間味を感じさせる要素を製品に織り込む」ことにも注力しています。例えば、敷地を区切るフェンスについて、一般的な製品は簡単に製造できるアルミの押し出し材をそのまま使用するものが多く、私は「エッジが立っていて温かみがないな」と感じていました。そこで、アルミの押し出し材に天然木の表情やぬくもりを表現するべく、木材の質感を研究し、見た目のみならず感触までも再現したフェンスAA(下記右写真)を開発しました。
左:機能門柱FT。ポストや宅配ボックスを一体化しつつ、シンプルなデザインに仕上げている。
右:フェンスAA、木目の凹凸を再現し、よりリアルな木質感を実現した。
また、個々の建材のデザイン性を向上させても、住まい手にそれらを効果的にコーディネートしてもらわなければ意味がありません。しかし、多くの人はさまざまな建材を住まいの中で組み合わせ、調和させる知識を持ち合わせていません。そのような考えから、製品群のコーディネート例を発信するWEBサイト「LIXIL Design Style」を開設。基本的なプランを提案し、それをもとに住む人に理想のコーディネートを考えてもらう仕組みも作り上げました。
このように私はLIXIL入社以来、建材業界の常識を超え、「日本の住まいや暮らしの価値をいかに高めるか」を追究しています。
WEBサイト「LIXIL Design Style」。社会や暮らしの変化にマッチするように、常にコーディネートをアップデートしている。
LIXIL Design Style サイト
仕事(商品)を通じて
世の中を変えていく
ここで私の仕事観を説明します。これまでメーカーで商品企画にずっと携わってきたわけですが、私の根底には「仕事(商品)を通じて世の中を変えていく」という信念があります。そして日々の仕事で大切にしている考えが二つあり、一つは「商品企画とは、企(くわだて)て、画(え)に描くこと」。私にはデザインや設計のスキルはなく、1人では何も作れないのですが、より良い暮らしを企て、ビジョンとして描き、周りの設計者やデザイナーに「そんな暮らしを実現したい」と思ってもらえるようなアイデアを考え続けています。
そして、もう一つが「実行されないアイデアに価値なし」という考えです。ソニー在籍時代、先輩から「自分で考え、自分で判断し、自分で行動を始めろ」、そのために「周りの人を動かし、上司でも使え」とよく言われていたのですが、今もその言葉を心に留め、LIXILのメンバーにも事あるごとに伝えています。さらに実行するときに大切なのは、正しい人を見つけて組むこと。私自身、新規事業の立ち上げなどで関連部門に協力を仰ぐときは、立場や役職に捉われず、実質的に「決める力がある」正しい人を見極めてアプローチしています。
羽賀さんが紹介してくれた、より良いアイデアの発想法(左)と、議論を活性化させるポイント(右)
また、良いアイデアを生み出すために行なっているのが、枠をはみ出て見てみること。「一見XXXXに見えるが、実はXXXXじゃないか」という意識を持って、物事を改めて見ることで、今までの枠を超えることができると思います。一段上の概念で見たり、違う視点で考えたりすることも重要で、現在もメンバーと「例えば、ビューティーブランドが建材をつくるとどうなるか」と別の観点から議論することで、今までにない商品の企画を考えつくことが多くあります。
日本の美意識から生み出したNODEA
アイデアを実行した例として、近年立ち上げた開口部のハイエンドブランドNODEAを紹介します。私は以前より「窓やドアを開けると気分が変わる感覚」に価値を感じていて、開口部は暮らしに大きな影響を与える要素だと捉えていました。そのような想いを起点にして「つぎの豊かな暮らしとはどういうものか。そのために開口部はどうあるべきか」を自問し、どうあるべきかを思い描いていきました。
NODEAのパーパス(上)と、商品企画の背景(下)
その思索のなかでたどり着いたのが、自然を愛し、自然と一体となる日本の住文化でした。庭とつながる大きな開口部や縁側空間、景色を楽しむ窓など、日本人が古来持っている自然と調和しながら暮らす感性や、巡りゆく景色の美しさを見出す美意識を刺激することが、より豊かな暮らしにつながるのではないか。そこから企画したのがハイエンドブランドNODEAです。そして現在、「理性と感性が共鳴する至高の日常」というパーパスのもと、LIXILのテクノロジーを駆使し、現代のライフサイクルにあった最高のエクスペリエンスを提供しています。
例えば、下記のSEAMLESSでは、屋外の自然の美しさを際立たせるように、まるで一枚ガラスのようなノイズレスの窓を追求しました。一般的な窓はフレームの奥行きがありますが、SEAMLESSでは1枚1枚のガラスをフラットに配置し、中央の窓が電動でスライドしながら開閉する新機構を開発。さらに、窓のエッジに高性能素材CFRPを採用し極細のフレームを開発することで、圧倒的な眺望感を実現しました。
PANORAMA WINDOWシリーズのSEAMLESS。電動のパラレル&スライド開閉の様子は以下をご覧ください。
SEAMLESS 窓の開閉動画
NODEAコレクションの一例。SKY-FRAME(左上)、WINDOW G(右上)、SCREEN V(左下)、およびDOOR N(右下)
NODEAサイト
デザインとビジネス
当たり前ですが、ハイエンドブランド「NODEA」を継続していくためには、収益率の確保などビジネスとして成立させなければなりません。企業の中でハイエンドビジネスを継続的に成り立たせるためにはこの点は必須だと思います。誰かの思いだけでは成り立たない部分があります。そのために、これまでのLIXILのビジネスモデルとは異なるモデルを考え実行しています。社内の関連部門の調整は難航しましたが、これもプロデューサーとしての大事な仕事でした。
ここで、私が「お金のことをどう捉えているか」を説明すると、お金は最終目的ではなく、理念を追究するための燃料だと思っています。歌手や映画監督などのアーティストは、作品をヒットさせてその利益によって次の作品をつくりますが、それと同じようなサイクルを意識しています。利益だけを追求すると理念のない商品になりますし、理念があってもお金がなければ商品はつくれません。デザイナーの皆さんも理念とビジネスを両立させることを常に意識する必要があると思います。
講演会の様子
感覚をビジネスにつなげるのが
デザイナーの役割
最後に、私が考えるデザインの価値とデザイナーの役割を話します。まず企業にとって、デザインはビジネスを成長させる様々な力を呼び起こすものだと思っています。デザインによって、他社と差異化できれば、商品競争力が高まりますし、ブランド価値の向上にもつながります。加えて、素晴らしいデザインに感化され、技術力や企画力が進化する場合も多々あります。その結果、社内が活性化することで、社員のエンゲージメントも強化され、優秀な人材の獲得にも貢献できます。つまりデザインは、技術力と同じくらい企業戦略上の価値を持っていると考えています。
羽賀氏が考える企業戦略としてのデザイン。
そのうえで、私がデザイナーに担ってほしいのは「感覚をビジネスにつなげる」ことです。フランスの哲学者 ジョルジュ・バタイユが「経済は過剰と放蕩で成り立っている」と言っていますが、私もその通りだと思います。ソニー在籍時代、音楽愛好家のお客様が音質にこだわって何十万円のオーディオケーブルを嬉しそうに購入してくださる場面などを見て、「人は必ずしも常に合理的ではない」「感覚や感情が大好きだ」と実感しました。「美味しいものを食べたい、かっこいい服を着たい」といった機能や合理性だけで説明がつかない非合理なことに人は喜び、対価を払うのです。だからこそ、ビジネスする上で「感覚や感情の満足感」は忘れてはなりません。
もう一つ、デザイナーには「ビジョンを描く」ことを期待します。パーソナルコンピュータの父と呼ばれるアラン・ケイは、メインフレームしかなかった1970年代に現在のノートパソコンやタブレットを考案していました。ぜひ皆さんには、周りのメンバーをワクワクさせて、社内を刺激し、未来を生み出してほしい。「かっこいい、美しい、気持ちいい」といった感性価値を形に変換することはデザイナーが最も得意とすることですし、そういった価値創造を突き詰めてほしいと思っています。
講演後の石井大輔との写真。