デジタルスチルカメラ RX1R III本質を研ぎ澄ました美学の結晶
十数年前、35mmフルサイズセンサーを搭載したレンズ一体型コンパクトカメラとして、業界の注目を集めたRX1シリーズ。
そして今回、AI認識による高性能AFをはじめ、ソニーが培ってきたカメラテクノロジーの粋を凝縮した
新たなモデル RX1R IIIが誕生。「現代における高画質コンパクトカメラの存在意義とは何か」を自問し、
写真撮影の本質を追い求めたデザインプロセスを担当メンバーが語ります。
RX1R IIIのデザインチームから、本記事の取材に参加した3名。
左から、チーフアートディレクター 矢代 昇吾、デザイナー 小幡 伸一、デザインプロデューサー 野澤 和倫
世の中にどんな感動を届けるのか
RX1R IIIのデザインは「ソニーにおけるレンズ一体型コンパクトカメラのフィロソフィーの再定義から行った」と聞きましたが、その経緯について教えてください。
矢代前モデルRX1R IIを発売した2016年から、写真を取り巻く世界は大きく変わりました。スマートフォンでの撮影や写真共有サイトの利用が日常になり、人々が写真を身近に感じるようになった一方、私たちソニーもデジタル一眼カメラ αシリーズなどの開発を通じて、イメージングの技術や知見を深めてきました。
僭越ながら写真文化の一翼を担う企業として、カメラの楽しみ方が多様化している現代において「RX1R IIIという高画質コンパクトカメラはどんな感動を届けるのか」フィロソフィーを再定義する必要があると思ったのです。そんな私たちの考えに商品企画や設計、マーケティングなどのメンバーも共感してくれ、開発チーム全体の目的地とするべく、新たなフィロソフィーの討議をはじめました。
RX1R IIIのフィロソフィーの再定義を起案し、
デザインチームを牽引したチーフアートディレクターの矢代
矢代フィロソフィーの再定義は、私たちデザイナーが主体となり、様々な分野のフォトグラファーやクリエイターへのヒアリングからはじめました。彼らとの対話から写真撮影の本質を改めて掴もうと考えたのです。そのなかで、あるプロのフォトグラファーが発した言葉が心に響きました。"クライアントがいる仕事の現場ではデジタル一眼カメラで確実な撮影を行うが、休日は街中を自由に撮影している。それらの偶発的な写真こそ、自分ならではの表現だと感じる"
このような示唆に富むコメントをいただきながら、スマートフォンやデジタル一眼カメラとは違う存在意義をメンバー間で議論し「写真を撮りたいという確かな意志を持つ人のために」「つねに持ち歩き、心が動く日常の瞬間を捉える」といったRX1R IIIの方向性を導き出していきました。
左が前モデルのRX1R II、右が新モデルのRX1R III
本質以外を削ぎ落とす
RX1R IIIのプロダクトデザインにおいて、大事にしたことは何でしょうか。
矢代導き出した方向性をもとに、RXシリーズの本分である「小さく軽く、持ち歩きやすい機動性」と「心が動く瞬間に即応する速写性」を磨き上げ、「つねに手にしたくなるモノとして魅力の最大化」を目指しました。ただ、バッテリーの大容量化などスペックアップを図ると大型化は避けられません。そこで「デザインと設計が一体となり、美学を持って無駄を削ぎ落とし、本質を研ぎ澄まそう」とメンバーに思いを共有しました。
プロダクトデザインを担当した小幡。長年デジタル一眼カメラαシリーズを手掛け、
RX1R IIIでは自身の集大成となるデザインに挑んだ
小幡RXシリーズの本質を継承し、いかに進化させるかがプロダクトデザインの命題でした。そこで考えたのが、初代RX1から連綿と続く「カメラを垂直水平に構える」という撮影の心得を落とし込んだ基本フォルムと、ソニーのカメラ群で共通している軍艦部のレイアウトを踏襲しながら、つねに持ち歩くスナップ用カメラとして速写性を突き詰めること。まずカメラをバックからスムーズに取り出せるように、カメラ天面のダイヤルの凹凸をなくしてフラット化。加えて、ファインダーを前モデルのポップアップ式から固定式に変更し、ファインダー窓をすぐに覗ける仕様に決めました。その上で、前モデルのミニマルなサイズをいかに維持するか、エンジニアと協議を繰り返しました。
具体的には、ボディの3.0型液晶パネルの上に固定式ファインダーを積み上げると、ちょうどマルチインターフェース(MI)シューの上面と一致するため、その高さをフラット化のラインに設定。それに向けて、ボディ内部の隙間を徹底的に除きながら、各ダイヤルやボタンの機構を限られたスペースに高密度に実装しました。さらに、MIシューには既存のものではなく、チタンの切削パーツを開発・採用することでシューの周りの溝を極力無くし、フラットデザインを実現しました。これは同時に、ソリッドで堅牢感をある印象も生み出しています。
カメラ天面のフラットデザイン。モードダイヤルや露出ダイヤルはアクセスしやすいように位置を細かく調整。
さらに、シャッターボタン等は隆起させ、どの方向からも押しやすくしている
小幡また、速写性につながるグリップ力の向上にも注力しました。フラットデザインによって広がったスペースを利用してグリップ部の面積を拡大。そのグリップの端を傾斜させて段差をつけることで、指に引っ掛かりやすくしました。さらに、指が滑らないようにグリップのテクスチャーも独自に開発。凹凸形状について摩擦力が大きいパターンと極微細なパターンの2種類をつくり、指の当たる位置に合わせて使い分けています。また、グリップ全体のフォルムは、多くのモックアップをつくり、実際に握り具合を確かめながら、角の丸みなど細かく調整しつつ、最終的な造形を割り出しています。
RX1R IIIのグリップ部。αシリーズのように手で握り込むカメラではなく、指を引っ掛けて撮影するカメラであるため、
グリップのテクスチャーを独自開発し、滑り止め効果を向上させている
矢代さらにRX1R IIIでは、フォルムだけでなく、表面の仕上げ加工であるCMFデザインにおいても独自性を貫きました。CMFアートディレクターの村井 薫が、モノとしての上質感とともに、フラットデザインが醸し出す剛性感を表現するために、新たにブラックアイアン塗装を開発。これは他の塗装とは違って非常に目が細かく、文字通り鉱石のような微かな凹凸を感じさせる塗装で、指先に堅牢感を伝えるとともに、手にしたときの喜びにもつながっていると思います。
ブラックアイアン塗装の微かな凹凸は、高い質感表現に寄与している
フォトグラファーと、
新たな関係性を
RX1R IIIのパッケージについても、従来にない取り組みを行ったと聞きました。どのようなコンセプトでデザインしていったのでしょうか。
野澤RX1R IIIのパッケージはどうあるべきか。私たちは単なる保護材や輸送手段という役割に加え、フォトグラファーの感性を刺激し、それ自体を記憶に残る体験にしたいと思いました。これまでのRXシリーズとユーザーの関係性を振り返り、思索を重ねるなかで「ギフト」というコンセプトを導き出し、パッケージデザインを通じて「自分の作品を追い求めるフォトグラファーにソニーから最高峰のカメラを届ける」という関係性の再定義を目指しました。デザインのアプローチとして、新たな撮影体験のはじまりを感じさせるRX1R IIIとの出会いを演出するとともに、カメラ本体のこだわりである「ミニマルさ」「高密度感」「素材や質感の追求」をパッケージにも貫き、RX1R III全体の世界観を相乗的に高めようと考えました。
パッケージはボックス型にし、それをスリープで巻く構成にした。
ギフトのようにボックスの上蓋を開けるなど、印象的かつ普遍的なRX1R IIIとの出会いを追求している
野澤実際のデザインプロセスでは、まず従来製品のパッケージで掲載されていた流通に必要な文言やブランド訴求の情報を再検討し、精査した文言をスリープに記載しつつ、これまで写真だった製品を単色のアイコニックなイラストにすることで「ミニマルさ」を表現。さらに「高密度感」として、パッケージの内容物すべての寸法を洗い出し、そのレイアウトのバランスを細かく調整しながら、ボックスの体積と容量の比率を最小化。フォトグラファーの手元にRX1R IIIを安全に届ける保護力を保ちながら、輸送における環境負荷も抑制しています。
また「素材や質感の追求」では、石油由来のプラスチック材を一切使用せず、パッケージ本体と内部の梱包材すべてにソニーが開発した環境に配慮した紙素材「オリジナルブレンドマテリアル(OBM)」の採用を実現。これによって、写真に限らず、すべての感動体験の源である地球環境を保全するというソニーの姿勢も伝えています。
パッケージやコンセプトビデオをはじめ、RX1R IIIを
フォトグラファーに届けるコミュニケーションデザイン全般を担当した野澤
RX1R IIIの世界感を
フォトグラファーの心に届ける
RX1R IIIを世の中に伝えるコミュニケーションデザインにおいて、どのような施策を行ったのでしょうか。
矢代例えば、デジタル一眼カメラαシリーズの新製品では、そのモデルに投入したソニーの技術価値を伝えるために、機能訴求を主軸に動画を制作することが多いのですが、それだけではRX1R IIIの価値を伝えられないと思いました。今回はそのようなプロダクトフィーチャービデオに加え、RX1R IIIの「フォトグラファーの感性を刺激し、彼らの追求心に寄り添う」感性価値を伝えるコンセプトビデオを制作しようと考えました。
野澤コンセプトビデオの企画にあたっては、今回の制作チームを構成するソニーのマーケティング部門のメンバーや映像制作プロダクションのスタッフ、映像ディレクターたちと議論し、「Capture the unseen with you」というクリエイティブディレクションを設定しました。そこには「フォトグラファーたちの眼だけに映る、消えゆく一瞬の美しさ。その見えざる瞬間を追い求める楽しさと、本質を捉える喜び。そのような撮影体験によって、その方の日常をより豊かなものにしたい」という思いを込めています。
そして、この映像においてフォトグラファーのライフスタイルや経験、人生そのものを感じられるように、上質さや深み、リアルな空気感、新たな世界観を表現したいと思いました。
RX1R IIIのコンセプトビデオ
野澤映像表現において難しかったのは、「見えざる瞬間」をいかに表現するかということでした。そこで「有機的で偶然に生まれる、人間がコントロールできない自然の要素」「シャッターチャンスを得たときの笑顔や指先など、被写体と対峙するフォトグラファーの心の機微」を映し出すことで表現しようと考えました。
実際の撮影では、予定調和のストーリーで固めるのではなく、「この美しい世界を歩き、心が動く日常の瞬間を捉える」というRX1R IIIの体験そのものを取り入れました。その土地の息づかいが感じられる街の路地や郊外を歩きながら、刻々と変わる光や風、フォトグラファーが実際にその場所で感じた表情を記録し、その方が追体験できる映像表現にこだわりました。
コンセプトビデオの各シーン。最後のカット(右下)の「Moments await(心待ちにしていたかけがえのない瞬間)」という
キャッチコピーは、RXシリーズを愛好するファンに向けたメッセージにもなっている
使うほどに魅力が深まる、
撮影体験を
RX1R IIIは2025年8月に発売されました。これまでのプロセスを振り返り、どのような手応えを感じていますか。
矢代デザインに責任を持つチーフアートディレクターとして、私には「物事の本質を追求し、それ以外の要素をすべて排除することで、必然性と独自性を持つ造形が生まれる」という考え方があります。RX1R IIIのデザインでは、そのような自分のディレクションをそれぞれのデザイナーがさらに発展させ、想定以上のデザインになったと感じています。
フォトグラファーの方々にRX1R IIIを愛着をもって使っていただき、この世界の見えざる瞬間を捉え、感動の作品を生み出していただくことが私たちの喜びでもあります。
RX1R IIIデザインチームのメンバー。
左から、中島 賢造、矢代 昇吾、小幡 伸一、村井 薫、芹澤 大輔、野澤 和倫