SONY

LinkBuds世の中にない音体験は、
強い「思い」から生まれる

この先、求められる体験とは何だろうか-
その思いを胸に、時代の変化を見据え、社内外のテクノロジーの価値を引き出しながら、
ひとつのプロダクトへと結実させること。それがソニーのデザイナーの役割であり、
その一例が2022年2月に発売した完全ワイヤレス型ヘッドホン『LinkBuds(リンクバッズ)』です。
リアルとオンラインをつなぐ新たな音体験を提供するLinkBudsの背景には、
まだ見ぬ体験価値を追い求めて、リング型ドライバーの可能性をいち早く見出し、
事業部の企画やR&Dセンターと共創を続けた、デザイナーの長い挑戦の道のりがありました。
その軌跡をメンバーが振り返ります。

(写真左から) ソニーグループ クリエイティブセンター:
西原幸子、隅井徹、兼田尚枝、詫摩智朗

「音」の多様化に
合わせて、
ヘッドホンも
進化させたい

新開発のリング型ドライバーユニットにより、耳をふさがない構造を実現した完全ワイヤレス型ヘッドホンLinkBuds。その出発点はデザイナーの課題意識だった。

詫摩今から数年前、私はオーディオカテゴリー全体のデザインを統括する立場だったのですが、ヘッドホンというデバイスを改めて見つめ直したとき「耳をふさぐ密閉型のイヤホンは、実は装着する時間が短い。誰かと会話するときには外さなければならないし、ヘッドホンをつけたままでは行動も制限される」という課題意識を持っていました。その背景には、当時スマートフォンや音楽ストリーミングサービスが広く普及し、一人で楽曲に没入する以外にも、例えば、ランニング中や仕事中に曲を聴いて気分を上げるなど、日常に音楽が溶け込んでいくような社会的変化があり、さらに、スマートフォンの通知音に代表される、身の回りの音の情報も飛躍的に増えているといった状況がありました。

そのような時代の変化を見据え、この先のヘッドホンの開発では、高音質はもちろん、世の中に続々と登場する音声コンテンツやサウンドテクノロジー、さらに、人とのリアルなコミュニケーションまで、包括的に考えなければならないと思っていたのです。例えば、24時間ずっと装着したまま、さまざまなコンテンツを楽しんだり、友だちと自然に会話したりすることができる、新しいヘッドホンが必要なのではないか。そんな議論をエンジニアと交わしながら、音を鳴らすドライバーユニットの真ん中に穴を開け、周りの音や声を自然に取り込めると同時に、周囲に対しても開放であることが明示できる、リング型デザインのモックアップを制作し、社内の事業部への提案活動を行っていました。それが、LinkBudsの出発点でした。

モックアップに対する社内の反応はどうだったのか。

詫摩社内では多くの社員が「リング型は面白い」と言ってくれたのですが、なかなか事業化にはつながりませんでした。どのような体験価値をユーザーに提供できるのかをより具体的に提示しなければ、人や組織は動かないもの。そこで、この新しいヘッドホンによって、ユーザーの日常がどう変化するのか、その体験価値の視覚化に着手。「Versatility for 24/7(1週間24時間)」というテーマで、朝起きてヘッドホンをつけて運動や仕事をし、食事をして寝るまでのシーンでの活用をまとめたコンセプトムービーを制作し、モックアップとともに紹介することで、事業部も提供価値を理解してくれ、プロジェクトが現実味を帯びていきました。

テクノロジーの可能性を
引き出すことが
デザイナーの役割

一方、デザイナーは、耳をふさがない新しいヘッドホンの可能性を広げるため、Sound ARなどのサウンドテクノロジーと組み合わせ、新しい音体験の創出にも挑戦していった。

詫摩私たちがこの新しいヘッドホンで目指した商品像は、音楽を聴きながら会話も楽しめる新しいコミュニケーションツールであるとともに、Sound ARなどのテクノロジーの魅力を受け止めるエンタテインメントツールであること。そこで、社内で研究開発が進んでいた、あたかも前方や後方から音が聞こえてくるVPTなどの音信号処理技術を活用し、耳をふさがないヘッドホンの「周囲の音を取り込める」特長を生かしながら、現実の世界にバーチャルな世界を重畳させた今までにない音体験をつくりだそうと構想を練っていきました。

そこから、三つのシナリオを描き「スポーツ中の動きに効果音をつけることで臨場感の向上や身体を拡張する体験(Sports)」「その場にいない人が目の前にいるかのようにリアルな会話ができる体験(Communication)」「街角のポスターに近づくとイベントの音が聞こえてくる体験(Location)」をプロトタイピングし、社内展示会で紹介しました。このようにテクノロジーを翻訳し、新たな体験価値やストーリーを生み出すことは、デザイナーの重要な役割なのですが、その際に大切なのは、エンジニアに「この体験を実現させたい」と思わせる完成目標を示すこと。このときもエンジニアや関係者がこれらのストーリーに興味を抱いてくれ、体験を実証するべく、共創していくことになりました。

西原その後、エンジニアと共創活動を続けていくなか、社内でアクセシビリティ、インクルーシブデザイン※1をグループ横断で推進するチームから「新しい音体験のプロトタイプやその技術をアクセシビリティ分野にも生かせないか」という声がけがありました。視覚に障がいのあるメンバーも加わり、彼らとも協業しながら、視覚障がいの有無にかかわらず、聴覚を拡張し、より多くの人が楽しめるアトラクションの試作デモを制作。そのデモは、2019年度のSXSW※2に出展した、インクルーシブデザインの体験型展示「Cave without a LIGHT」へとつながりました。また、前述の「街角のポスターから音が聞こえてくる体験」をさらに発展させたテーマパーク向けのプロトタイプが、ソニーのSound ARアプリ「Locatone™」の元になるなど、新しいヘッドホンを起点とした提案活動は確かな実績として積み上がっていき、商品化を後押ししてくれました。

※1 多様なユーザーを包含・理解することで新たな気づきを得て、一緒にデザインする手法
※2 SXSW(サウス・バイ・サウスウェスト):米国で開催される世界最大のクリエイティブ・ビジネス・フェスティバル

SXSW2019に出展したインクルーシブデザインの体験型展示「Cave without a LIGHT」

目指すのは、リアルと
オンラインを
つなぐ
ヘッドホン

新しいヘッドホンはLinkBudsとして商品化が決定。デザイナーたちはこれまでのプロトタイプを、ユーザーニーズに即したプロダクトにするべく、デザイン開発に取り組んでいった。

隅井耳をふさがないLinkBudsは世の中に本当に受け入れられるのか。そして、どのような人たちに、どのようにアプローチしていけばいいのか。私たちはまず、新しいライフスタイルの発信地であるニューヨークに赴き、ヘッドホンに関するユーザーインタビューを実施しました。そのなかで「密閉型のイヤホンでは、安心して街歩きができなかった」「音楽を聴きながら仕事をしていることが多いが、同僚とコミュニケーションがとれなくて問題になっている」という声を多く聞くことができ、LinkBudsが提供する「音楽を聴きながら、自由に行動でき、他の人とのコミュニケーションも自然にとれる体験」に確かなニーズがあることを確信しました。

さらに、若い世代にインタビューすると、彼らの中には、四六時中ヘッドホンをつけて、仕事中も、帰宅してからも、ずっと音楽とともに暮らしているような人が多くいました。ただ個人主義という訳ではなく、彼らはオンラインで音楽を共有したり、会話を楽しんだり、人とのつながりも大事にしていたのです。そして、コロナ禍によって彼らのスタイルはさらに強くなっていきました。そんな若い世代を中心に、LinkBudsを届けるべきではないのか。彼らのライフスタイルをより豊かにするために、リアル(友人との会話や周囲の音など)とオンライン(WEB上の楽曲やサウンドテクノロジーなど)をつなぐヘッドホンをつくろうとメンバーで話し合い、デザイン開発を進めていきました。

制約の先にある、
LinkBudsのあるべき姿を

兼田LinkBudsのプロダクトデザインでは、耳の中に心地よく収まり、1日中快適に装着できることを目指しました。最初の難関は、前例のないリング型ドライバーユニットをいかに耳の中で保持するかということ。一般的な密閉型イヤホンは耳穴に詰めるイヤーピースで本体を支えているのですが、リング型では構造上、そのイヤーピースを使えません。そこで、輪っか状のフィッテイングサポーターによって、耳の中の3点で固定する新たな装着スタイルを開発。耳の形は個人差が大きいため、さまざまな国籍の人に試作品を試してもらいながら、最終的に5種のフィッテイングサポーターを同梱し、どのような耳の形でもしっかりと本体を支えられるようにしました。

フィッテイングサポーターの試作品

兼田さらに、耳への負担を抑えるため、小型軽量化を追求しつつ、耳に収まりの良い自然な球状にデザイン。リング型ドライバーユニットと、バッテリーやセンサーなどのデバイス群を、耳の中のくぼみに沿うように段差をつけながら設置することで、耳の穴全体に引っかかりやすくするなど、着けていることを忘れるほどの「自然な装着感」を追い求めました。本体は生活に馴染みやすいカラーに仕上げつつ、充電ケースは携帯しやすいよう小型化し、取出口に傾斜をつけて本体を取り出しやすくするなど、道具としての利便性も突き詰めました。また、初期のプロトタイプからこだわっていた「周囲の人が話しかけやすいように、耳をふさいでないことを明示化するデザイン」を踏襲し、リング型を金属で縁取り、その造形を強調しています。

若い世代との「価値観」を
共有するために

隅井また、若い世代にインタビューした際、彼らの環境意識の高さとともに、この先のデザインにとっても環境問題は切っても切れないテーマだと痛感。LinkBudsにおいても再生プラスチックの導入が必須だと思いました。これまでもソニーは幅広い製品カテゴリーで再生プラスチックを導入しているのですが、日常的に使用するヘッドホンでは大きな挑戦。調達などの関連部門の協力を仰ぎながら、求められる品質やコストの課題を一つずつ乗り越え、本体と充電ケースに再生プラスチックを採用しました。また、再生プラスチックの素材感をインスピレーションとした模様を取り込むことで、若い世代と価値観を共有できるプロダクトであることを表現しています。

未来を見据え、日常を
豊かに変化させたい

LinkBudsのUXデザインでは、以前のプロトタイピングで取り組んでいたSound ARなどの技術との連携とともに、日常を変化させる専用アプリ「AutoPlay」の開発に取り組んでいった。

西原社内でこれまで開発されてきたサウンドテクノロジーの魅力を受け止めるヘッドホンをつくりたい。そのプロジェクト初期から抱いていた思いを通貫させ、LinkBudsでは、ソニーのSound ARアプリLocatoneや、マイクロソフト社の3Dオーディオマップアプリ「Microsoft Soundscape」など、立体音響技術との親和性を高めるため、小型ボディながら、コンパス/モーションセンサーを搭載しています。

これにより、LinkBudsをソニーの音声アプリLocatoneなどと組み合わせて使うと、ユーザーの顔の向きを検知し、音声が聞こえる方向まで連動させることができ、より臨場感の高いエンタテインメント体験を楽しめるようになっています。さらに、耳をふさがないため、友人たちと「あそこに行ってみよう」などと会話をしながら、みんなでバーチャルな世界を冒険するような感覚をもたらします。

街歩きにバーチャルな音を重ねてコンテンツを楽しめる
ソニーの音声ARアプリ「Locatone」

若者たちの「気分」を
大切にすること

西原さらにLinkBudsでは、若い世代と毎日を共にするツールとして、いかに彼らの日常をより良くするかにフォーカスしました。それを形にしたのが、リアルの音とオンラインの音をシームレスに行き来できる専用アプリAutoPlayです。私たちはこのアプリの開発に際し、改めて若者たちが日々どのように「音」と接しているのかを調査。彼らは仕事や家事をしながら、音楽や動画を聞き、その合間にチャットをするなど、いろいろな音のコンテンツを使って、モチベーションを向上させたり、気分転換したりすることがわかりました。

スマートフォンやヘッドホンを触らず、オンラインとリアルを
シームレスにつなげる「AutoPlay」

西原そのような彼らの「音」との接し方を、スマートフォンを取り出すことなく、より自然にできるようにしたい。その考えから、会議が終わったことを感知して自動で音楽を鳴らしたり、メールの情報などをタイミングを見計らって読み上げたりするなど、ユーザーの気持ちに寄り添うようなUXをつくり上げました。すでにいくつかのスマートフォンでメールを自動的に読み上げる機能が実用化されていますが、情報の重要性は人それぞれ。だからこそ、私たちは機械的に通知するのではなく、情報の取得タイミングまで設定できるようにし、一人ひとりの日常や気分を大切にしています。

この先も時代の変化に合わせて、
アップデートしていきたい

隅井LinkBudsが提供する新しい体験価値を若い世代に伝えるために、コミュニケーションデザインにも力を入れました。マーケティングと協力したキービジュアルやプロモーションムービーの制作では、前述のインタビューなどから導き出したデザイン開発のキーワードのひとつ「Digital Surrealism」という非現実的空間表現を指針にしながら、若者たちが注目するウェブメディアに登場する人々をモデルに起用し、若い世代の感性に響くビジュアル表現を追求。カタログをはじめ、さまざまなユーザーコミュニケーションの場面において、若い世代と目線を合わせる形でLinkBudsの提供価値や世界観を伝えました。

隅井このようなコミュニケーションデザインも一因となり、LinkBudsは2022年2月発売以降、順調に売り上げを伸ばしています。購入者のレビューを見ると「普通に生活していながら音楽を纏う感覚」「仕事中も使用し、周りの音も聞こえて、自然に作業できる」などの声があり、私たちが提供したかった体験価値が伝わっている手応えを感じています。ただ今回のモデルは、未来に向けた第一歩目。これからもLinkBudsシリーズを進化させ、時代の変化に合わせて音体験をアップデートさせていきたいと考えています。