ソニーセミコンダクタソリューションズ半導体事業のビジョンを描く
ブランドデザインの軌跡
1954年、日本で初めてトランジスタを商用化したことに始まるソニーの半導体事業。
スマートフォンやデジタルカメラなどのイメージング領域、自動車やセキュリティなどのセンシング領域を中心に展開してきました。
この分野を牽引するのが、半導体関連製品の研究開発から企画、生産、販売までを一手に担うソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)。
イメージセンサーをはじめ、社会を支える技術の進化に向けて、世界各地の事業拠点と連携し、成長を続けています。
そのビジョンを発信し、さらなる可能性を広げる取り組みに、クリエイティブセンターのデザイナーが参画しました。
目に見えない使命や価値を社内外で共有し、魅力を高めていくブランディングのプロジェクト。
人々の意識を変え、未来を拓いたデザインの軌跡を、SSS初代社長の清水照士と担当デザイナーが振り返り、その展望を語ります。
(左から)ソニーセミコンダクタソリューションズ 代表取締役会長 清水 照士、
クリエイティブセンター シニアアートディレクター 布施 基雄
SSSの魅力を伝え、未来を拓く
ブランディングのプロジェクト
ソニーセミコンダクタソリューションズ(SSS)は、ソニーグループの主力事業の一つである半導体事業会社です。グローバルに事業拠点を展開し、SSSグループ全体で研究開発から商品企画、設計、生産、販売までをワンストップで実施。スマートフォン、デジタルカメラなどに搭載され世界シェアNo.1※1を誇るイメージセンサー事業をはじめ、AIやIoTの進展に伴いモビリティやファクトリーオートメーション、セキュリティなどのセンシング領域でも躍進を遂げてきました。
そのなかで打ち出されたのが、コーポレートスローガン「Sense the Wonder」に象徴される、力強いビジョン。暮らしや社会と密接に関わる技術領域でありながら、意識される機会が少なかった半導体分野の担い手。その魅力や価値を可視化し、イメージを広げるブランディングの試みです。
対外的な発信だけでなく、働く人々の一体感を作り出し、さまざまな展開につながったプロジェクトについて、SSSの初代社長(現・会長)である清水照士と、クリエイティブセンターの布施基雄が対談。ブランディングにおけるデザインの役割、新たな可能性に光を当てます。
※1 ソニー調べ(金額ベース)
ソニーセミコンダクタソリューションズグループ「Sense the Wonder」コンセプトムービー。
布施私はクリエイティブセンターのコミュニケーションデザイナーとして、2019年にSSSのブランディングプロジェクトに参画しました。2015年11月にSSSが設立されてから3年あまりの間に、どのような経緯があってご依頼をいただいたのか、あらためてお聞かせいただけますか。
清水私はSSS発足と同時に社長に就任しましたが、ちょうどその直後から世界的にスマートフォン向け半導体の需要が一気に上向き、業績が大幅に伸びる一方で、アメリカと中国の経済的な緊張感が高まるなど、大きな変化を経験しました。会社の舵取りを担う役割として、企業価値の向上という命題と向き合うなか、企業としてのブランドメッセージを社外向けに発信するべきではないかという意見が上がってきたのです。
SSSの半導体は世界中で使われているけれども、ユーザーのほとんどは自分の手にしている製品に"ソニーの半導体"が使われていることを知らずにいる。だからこそ、SSSの存在価値をもっと積極的にアピールするべきではないか。そうした背景があり、クリエイティブセンターにブランディングの依頼をしたという流れです。
布施いわゆるブランディングというと、会社や製品の良いところや強みを発信をしていくのが通例ですが、SSSの場合はそうではなく、人々の心に訴えてイメージを広げていく方法を探るべきではないかと考えました。そこで、まずは清水さんをはじめSSS社内のさまざまな立場の方々に、「SSSの魅力とは何か」についてお話をうかがいました。例えば、ソニーらしさを感じる自由な風土や、培ってきた高い技術、半導体ビジネスの最先端でチャレンジできることなど。そうした意見を集め、分析するなかで浮かび上がってきたのが、次の3つの課題です。
一つは、「好調な時にこそ、次の時代の準備をしたい」ということ。清水さんもご自身の言葉として、常々おっしゃっていることですね。
次に「SSSの価値は、技術や開発と生産の一貫性にこそある」ということ。SSSを中心に、生産を行うソニーセミコンダクタマニュファクチャリングや海外法人など多数の組織がグループとして連携し、大きな価値を作り上げている。ならば、その一体感をどうやって作り上げていくか。いわば、社内的な課題です。
3つ目は、人材の確保です。「SSSの高い技術は、他でもない社員のみなさんが創り、維持している」ということ。だからこそ、新しい人材がどんどん入ってきて、組織として常にリフレッシュしていくよう、認知度を上げていかねばならない。こちらは社外的な発信の課題といえます。
これらの課題を元に、「ブランディングの起点となる、SSSの魅力を発信するためのメッセージを最初に作りましょう」と提案させていただきました。
清水SSSならではの価値を伝えるにあたって、社外へ打ち出すよりもまず、グループ内で目標を共有し、自覚を高めていく。そうすることで、より自分たちらしい未来を描くことができる。デザインの視点から提案をいただいて、なるほどと思いました。非常に明確で、筋が通っていると感じましたね。
SSSのビジョンを共有し、
一体感を生み出すデザインの試み
布施ありがとうございます。清水さんは、すでにSSSでは独自のビジョン、ミッション、行動指針を定めていること、しかしそれが社内的に浸透しきれていないという実情についてもお話しくださいました。
例えばミッションの文言は、「人の心に感動を与えると共に、安全・安心・便利・高効率な社会を実現することで、人と社会の豊かさに貢献します」と表現されていた。だとすれば、デザイナーである私の役割はこれをより短く覚えやすい言葉に整えたり、視覚的に印象に残るようなビジュアルと組み合わせたりすることで、社員のみなさん自身の理解と共有につなげることではないかと考えたのです。結果的にミッションの文言は「テクノロジーの力で、人に感動を、社会に豊かさをもたらす」という言葉になりました。
また「行動指針」を「バリュー」と言い換えてはどうかとご提案した際には、清水さんから大きなヒントをいただきました。「価値には、SSSがお客様に提供する価値と、社員が共有する価値観の両方が含まれるのではないか」。他社の例を見ても、この二つの価値を合わせて掲げている例は珍しく、とてもユニークなアイデアだと感じました。
清水サプライヤー企業の方の言葉ですが、良い製品を売りたい側からすると、"製造元が何を強みとして、どんな打ち出しをしているか"が明確であれば、その製品を販売する自分たちにとっても大きなモチベーションにつながる。つまり社内的な価値の共有が、社外的な発信にもつながっていくわけです。これは大変重要なことだと考えさせられましたね。
布施私自身、記憶に残っているのは「世界中の人たちがスマートフォンとして手にしていて、将来的には何百億、何百兆個の規模で持つ可能性がある製品を作っている。そのことを想像するだけでワクワクする」という社員の方の言葉でした。そして、「そのことがまだ知られていないのが非常に残念だ」という言葉も、ブランドをどう打ち出していくか考える上で強く印象に刻まれています。
清水もっともな意見だと思います。ただ、私たちにはソニーグループの半導体であるという強みがある一方で、製品を使う側からしてみれば、そのことを謳うことに果たしてメリットがあるのかという疑念もありました。でもここ数年、海外などから「うちのスマートフォンにはSSSのイメージセンサーが搭載されています」とアピールしたいという声が増えてきました。それによって自社の製品価値が高まるというわけですね。
この変化を遡って考えるなら、まず社内的にミッション、ビジョン、バリューを含めたSSSのビジョンをしっかりと固めた上で、製品についても社外向けの発信を行ったことによって、少しずつSSSの価値が認知されてきたように感じます。特に、この四角い枠のキービジュアル。最初に目にした時は、イメージセンサーが持つ"フォーカスする、ズームする"というイメージとぴったりはまる印象を覚えました。何より、外部の方から「この四角はどういう意味ですか」と聞かれた時も、明確に説明できるわけですから。
ソニーセミコンダクタソリューションズグループ「Sense the Wonder」キービジュアル。
布施このキービジュアルのデザインも、最初は社内向けのポスターや配付資料の表紙に使うところから始めました。それをお客様向けのスライドの表紙にすることで、社員のみなさんの"もっと積極的に打ち出したい"というモチベーションが上がり、社外にも見せていきたいという声が出てきたのです。それを機に対外的なブランディングの話が動き出し、約1年をかけて、コーポレートスローガンやキービジュアルのバリエーション、ムービーなどを制作しました※2。
キービジュアルは、シンプルで覚えてもらいやすいデザインを心がけつつ、マクロからミクロまでさまざまな場面を設定した背景の上に、技術のシンボルとしての正方形の枠を組み合わせることで、"今そこでSSSの技術が発揮されている"という世界観を表現しています。背景にどんな画が来ても、これだけでSSSだとイメージができるように工夫しています。
「Sense the Wonder」というコーポレートスローガンも、コピーライティングで膨大な数の候補が出てきた中で、「センス」と「ワンダー」という言葉がSSSの事業の柱である先進性とソニーらしさにぴったりつながると感じられて、コミュニケーションデザインの視点からしても「これだ!」と思ったのを覚えています。これらの要素を21年に公開し、22年1月には、このブランディングについて清水さんが語る全段広告を「日経新聞」に全国掲載しました。
清水その頃を振り返って思い出すのは、世の中の変化です。半導体というと今では大きな話題となりますが、ちょうど同時期に海外企業が国内に工場を建設するという話題が出るまでは、一般的にニュースで取り上げられることはほとんどなかった。ブランディングの公開と時を同じくして、流れが大きく変わった印象がありますね。
※2 ソニーセミコンダクタソリューションズ公式サイト/ビジョン ブランディングの一環でウェブサイトをリニューアル。ミッション、ビジョン、バリューなどの公表を行った。
ソニーの"ものづくり精神"を
受け継ぎ、
よりよい未来を牽引する
清水じつは半導体事業に携わる身として、個人的にずっと抱いてきた想いがあります。革新的な製品を次々に開発することで自由闊達な会社という評価を得てきたソニーの歴史を振り返るなら、常に開発を続けて性能と価値を上げていかなければならない半導体事業は、この技術開発の精神を大いに継承している分野ではないか、と。
布施本当にそう感じます。クリエイティブセンターのメンバーもデザインの視点から"ソニーらしさとは何か"を問うなかで、私は敬愛する先輩の「常に変わり続けることが、変わらない価値」という言葉を、私自身のデザイン理念として持ち続けてきました。SSSのビジョンも同様に、社員のみなさんに常日頃から意識していただき、使っていただいてこそのデザインだと考えています。例えばキービジュアルは、使用時のサイズや配置のルールを共有し、オンラインミーティングの背景など、いろいろな形で使っていただけるようにしています。
ソニーセミコンダクタソリューションズグループ「Sense the Wonder」キービジュアル(6パターン)。
用途や好みに応じて使い分けできるよう、背景ビジュアルのバリエーションを作成した。
清水ミッション、ビジョン、バリューについても、私から社員たちに「これを困った時の拠り所にしよう」と伝えています。常に進化し続ける環境において、ソニーのものづくりの精神とのつながりを一人ひとりが感じていくことが大切ですから。キービジュアルも、各地の拠点に掲示されて親しまれていますし、ソニーセミコンダクタマニュファクチャリングのお膝元である熊本空港にも、大きく掲出されています。
そう考えると、言葉もビジュアルのデザインも社内で深く浸透して、みんなの立ち返るべき考え方、お手本のようになりました。ただ自分としては、業績が上向いている時にはそれに甘んじるのではなく、次の変化に備えておきたいという考えが常にある。だからこそ、先ほどの課題の3つ目、いかに優秀な人材を獲得するかということが重要になってくるわけです。
布施はい。私たちも、人材採用についてデザインの観点から同業他社との協働を進めています。半導体分野の各社が合同で学生向けに実施する採用イベント「SEMICON TALK(セミコントーク)」です。きっかけは、半導体分野全体がエンジニアの採用難に直面していることを知ったこと。ハードウェア、ソフトウェア、回路設計や生産系など各領域で深刻化しています。それならば小さいパイを取り合うよりも力を合わせようと、デザイナーの立場ながら提案をしました。
清水日本の半導体産業の重要な課題は、採用目的にとどまらず、社会全体に半導体への理解と認知を広げていくことです。それは1社でできることではなく、業界全体で取り組んでいかないといけないと思っています。
布施そこで「SEMICON TALK」ではソニーが予算と運営の人材を提供し、ロゴや配布物のデザインもして、一つの旗印の下に各社が力を合わせようと国内の主要半導体企業5社に声をかけました。24年に神戸大学で第1回を、第2回を25年に北海道大学で開催しましたが、参加した学生たちが熱心に各社のブースを回る様子に、手応えを感じました。学生に限らず、世の中に広く半導体業界の存在をアピールする試みでもありますし、人材エージェントに頼っていた半導体分野の採用関連のノウハウを、各社の人事担当者が直接把握する糸口にもなり得ます。
国内の主要半導体企業6社が一堂に会し、半導体産業の魅力を発信する産学連携の合同プロジェクト「SEMICON TALK」の実施風景。
理系の学部生や大学院生を対象に業界で働く魅力をリアルな声で伝え、
興味形成や未来のキャリア形成、多様な人材の業界参画につなげる試み。
清水まさにソニーの自由闊達の精神につながる取り組みですね。企業や部門の枠を超えてコミュニケーションを取り合うカルチャーをどう育み、改革していくかが、大きな課題になってくる。そうした取り組みをさらに推し進めていかなければ、企業価値を上げていくことはできないとも思います。
布施じつは私自身、このプロジェクトを通じてデザインの幅を広げる経験をさせていただき、大きな気づきがありました。これまでB to Bのデザインに携わるなかで、B to Cの製品やサービスと比べてスパンが長く、成果が出るまでに何年もかかる状況に葛藤を覚えることもあったのです。でも今回のプロジェクトを経験して、長いサイクルで取り組むことでより深く印象に残る、耐用年数の長いコミュニケーションを打ち出すことができることを実感しました。清水さんとともに考えを深く掘り下げていくことからスタートすることができ、私自身もSSSの一員として受け入れられている感覚があります。会社全体のビジョンから人事イベントの提案に至るまで、引き続き携わらせていただいているのは、デザイナーとして本当に得がたい体験だと思います。
清水私も今回、布施さんが一所懸命に話を聞いてくれる姿勢に触れて、デザイナーとは単に格好いいものを作るのではなく、相手の考えをよく理解して、それをデザインに反映していく仕事だということを実感できました。だからこそ、そこにものすごく時間をかけていくわけでしょう。私自身、ブランド発信に半信半疑だった最初の頃に立ち返ると、予想とまったく違うポジティブなものができあがって、大きな効果を発揮してくれていると感じます。本当に、誰に見せても恥ずかしくないものになりました。この先もデザインがどんな役割を果たしてくれるのか、大いに期待しています。