選ばれたことは大きな名誉であると同時に、私たちにとって大きな転機になっています。求められる基準が高いことで知られるソニーに自分の作品を認めてもらえたことで、これまで積み重ねてきた努力が報われたように感じました。一方で、その信頼に応え、期待をさらに超える作品を届けなければならないという責任の重さも実感するようになりました。
この経験は、私自身にとっても、チームである Happiest Dark Corner にとっても、自分たちを改めて見つめ直す良い機会となりました。単にゲームを作るだけではなく、自分たちが暮らす国や地域を代表する意識、そしてMENAのクリエイターも、適切なきっかけさえあれば素晴らしい作品を生み出せるということを世界に示したいという思いが芽生えたのです。それは私たちに自信と希望を与え、これからの創作への意欲をより一層強めてくれました。
これまでChina Hero ProjectやIndia Hero Projectなど、素晴らしい支援を目にしてきたこともあり、MENA地域でも同様の機会があると聞いたときには、迷わず挑戦しようと決めました。PlayStation は、私たちの地域において、これまでも常に特別な存在でした。現地の開発者に声をかけ、励まし、私たちの作品に真摯に向き合い、関心を持ってくださったことを嬉しく思います。
応募するということは、自然な流れのように感じられました。より大きな流れの一部となり、私たちの作品を世界に知ってもらうと同時に、長い間この瞬間を待ち続けてきた地域のクリエイティブ・コミュニティを代表するチャンスだと思ったのです。
『A Cat's Manor』は、ある猫が不思議な館で目を覚ますところから始まります。ただし、この猫にはひとつ奇妙な特徴があります。しっぽに人間の手がついているのです。館にはエキセントリックで気まぐれな一家が暮らしており、一見するとただの脱出ゲームのようにも見えます。
しかし、そのシンプルな設定の奥には、より深いテーマを隠しています。この奇妙な状況のなかで、同居する家族の世代間の力関係や動物実験に対する倫理観、さらに働くことと生きることのあいだに漂う不安や揺らぎといったテーマが展開していきます。
これらのテーマが、遊び心やささやかな皮肉を織り交ぜながら描かれていきます。『A Cat's Manor』は表面だけを見れば、ただの不思議で奇妙な物語にすぎません。ですが一歩踏み込むと、そこには私たち人間の性や、いま生きている世界そのものを照らし出す、ダークユーモアに満ちた風景が広がっているのです。
ゲーム内のさまざまなシステムや仕組みの中で、私が最も重要視していたのはボスキャラとのエンカウントシーンです。そこには、アーティストとして、アニメーターとして、武術家として、そして音楽家として私が長年積み上げてきたすべての経験が凝縮されています。ひとつひとつの戦いはさながらリズムや動き、感情が重なり合うクレッシェンドのようで、一種のパフォーマンスとして成立しているといえます。
プレイヤーの皆さんには、どこか見覚えがあるのになぜか異質で、まるで建物そのものが生きているかのように感じられる…そんな奇妙な高揚感と好奇心を味わってもらいたいと思っています。部屋のどこを見ても秘密が潜んでいるように感じられ、耳に届く音のひとつひとつが意味深に思える、そんな体験です。混乱しながらも惹き込まれ、予想を裏切られ、物事の概念が覆されるような感覚を味わってほしいと考えています。
『A Cat's Manor』は、単にパズルを解いたり敵と戦ったりするだけのサバイバルゲームではありません。子どもの頃に抱いた未知なるものへの好奇心を呼び覚まし、どんなに異様な場所でも、そこにあるすべてのディテールには美しさや誰かの思いが宿っているということに気づかせてくれる作品です。
DualSenseや3Dオーディオに触れたとき、まるでこれまで慣れ親しんできたオーケストラに新しい楽器の音色が加わったような驚きがありました。とくにDualSenseは実際に触れてみると驚きの連続で、これまでゲーマーの視点で見ていた世界から開発者として内部に向き合う立場へと変わった瞬間、まるで新しい言語を覚えたかのような発見がありました。コントローラーのハプティックフィードバック機能のレンジの広さは、ゲーム内の緊張感や手応え、微細な質感までも表現することができ、それら全てが物語を構成する一部となります。振動ひとつひとつに意図を込めることも可能ですし、脈打つようなパルスは感情を呼び覚ます力を持っています。
同様の驚きは、PlayStation 5の3Dオーディオでも味わうことができました。音の空間精度の高さは標準的なプレイ環境では完全には再現しきれませんが、それでも音がもたらす奥行きや深みが、空間に臨場感をもたらしてくれます。音は単にプレイヤーを包むだけでなく、空間や情緒、リズムなどを形作る力を持っています。
『A Cat's Manor』は2.5次元で作成されていますが、こうした技術のおかげで、より肌身で感じることのできる、没入感のある体験を作り出すことができました。プレイヤーはただ猫となってゲームを進めるのではなく、自身の手や耳を通してその世界をリアルに体感することができるようになったと感じています。
とても勢いがあると思っています。バーレーンやサウジアラビア、さらにMENA地域全体に目を向けると、インディーの流れが加速し、地域の文化や背景を反映した作品を作ろうという士気が再び高まっています。この地域では、迅速な対応力、自律性、独創性が相互に作用し、新たな地域特有の表現様式が形成されつつあります。
もちろん、勢いがある今だからこそ直面するチャンスもあれば、思わぬ落とし穴もあります。分かりやすいチャンスの例として、クリエイターを支援する新しい取り組みやプログラムが生まれ、立ち上げの段階からグローバルな視点で考え、国境を越えたコミュニティを作れるようになったことなどが挙げられますが、気をつけねばならない点も増えました。手に余るプロジェクトに挑んだり、リスクを分散せずにひとつのことに全力を注いでしまったり、十分な準備や下調べがないまま経験の浅いパートナーや体制に依存してしまったりと、野心と慎重さのバランスが、チームの飛躍につながるか、挫折につながるかの分かれ道になってきているとも感じています。
私の次世代のクリエイター育成のアプローチは、より実践的になっています。地域の支援プログラムを活用することが勧められ、国境を越えたしなやかなネットワークを築きながら、グローバルな視点で考えつつ、自分たちの軸やペースを見失わずに行動することが促されています。まずは焦点を絞り、丁寧に成果を積み重ね、少しずつ信頼を築いていくこと。自分たちのペースを守り、慎重にパートナーを選び、時間をかけて技術やコミュニティを育てることが重要なのだと思います。
これからの方々に伝えたいことは、まずはしっかりとした基礎を築くことです。学びを積み重ね、技術を磨き、自分は何を大事にしていて、何を表現したいのか?その軸を理解する時間を惜しまないでください。作品を世に出そうと急ぐ必要はありません。チャンスは必ずやってきます。ですが、日々の積み重ねを怠らなかった人だけがそれを掴み取ることができるのです。
ゲーム開発は、ほかのクリエイティブ分野と同じように、時間と何度でも立ち直る胆力を必要とする世界です。勢いに流されることもありますが、真の成長は、学び、挑み、そして失敗さえ糧に変える、その積み重ねの中にあります。だから、一つの作品や一度のチャンスにすべてを賭ける必要はありません。まずは自分自身を磨くこと。その歩みがしっかりしていれば、道は自然と開けていきます。
私の中には、常に自分を前へと押し進める、絶え間なく湧き上がる静かな焦燥感があります。生まれたアイデアを磨き、形にし、命を吹き込みたいという欲求です。しかし、技術や作り込みの追求と同じくらい強く、私の内側には、ごく個人的でありながら誰もが共感できる人間らしさを宿した物語や体験を、どうしても人々に伝えたい、共有したいという強い衝動があります。
私を本当に支えてくれるのは、作品に触れた人たちとのつながりです。たとえそれがほんの一瞬だったとしても、誰かが笑ったり、何かを感じ取ったり、あるいは世界が少し違って見えたりしたとき、その反応は作品の物語に新たな意味を与えてくれます。それこそが、私が創作を始めた理由を思い出させ、そっと語りかけてくるのです。「まだ旅は始まったばかりなのだ」と。
バーレーンを拠点とするゲーム開発スタジオ「Happiest Dark Corner」の代表で、『A Cat's Manor』など多数のタイトルに携わってきた実力派のゲーム開発者。サウジアラビアでゲーム開発者コミュニティ「Gamedev Corners」の立ち上げ・運営をしており、MENA地域全体のゲーム開発者を支援・育成するための精力的な活動を続けている。