ソニーグループ11万人の知と知をつなぐ、60人の仲人役と「ポリネーターネットワーク」の可能性。

ゲーム、音楽、映画、エレクトロニクス製品、そして、半導体。ソニーグループ(以下、ソニー)には、これら多種多様な事業領域と、世界に約11万人※1の社員がいます。ここには数え切れないほどの「知」が眠っていますが、一般的には組織が巨大になればなるほど、その境界線は厚くなり、隣の部署が何をしているか見えにくくなるもの。
── でももし、この境界線を飛び越え、知と知が出会ったら? ──
今、ソニーでは組織の壁を飛び越えてイノベーションを誘発する独自の仕組み「ポリネーターネットワーク」が稼働しています。カギを握るのは、最新のAI技術と、社内を知り尽くした「ポリネーター※2」と呼ばれる約60人の仲人たちです。
今回は、ポリネーターネットワーク事務局で運営に携わるメンバーにインタビュー。米国から林さん、日本からは魏さんと佐藤さんに、AIと人が協働して織りなす、新しい組織連携の可能性について聞きました。
※1:金融事業含む
※2:英語で花粉媒介者。植物の花粉を運んで受粉を助ける動物のこと
【 ポリネーターネットワークの概要 】
ポリネーターネットワークとは、ソニーグループ内に点在する多様な「知(ナレッジ)」や「人」をつなぎ、ビジネス課題の解決や新たな価値創造を促進するための社内人材マッチングの仕組みです。ビジネス上の課題やアイデアを持つ社員(相談者)と、解決策となる知見やスキルを持つ社員(コンテントアドバイザー)を、グループ内に強力な人的ネットワークを持つ「ポリネーター」と呼ばれる仲人がマッチングさせます。一方で、人手を介した紹介にとどまらず、ソニーのAIアクセラレーション部門が提供するソニー独自の生成AI環境を活用しています。AIがポリネーターの「相棒」として候補者を提案することで、マッチングの精度や効率を高めています。
ポリネーターネットワークは2023年頃からPoC(概念実証)を経て本格展開されており、第2期(2024年9月〜)では日米を中心に約60名(初期46名から拡大)のポリネーターが任命されています。本格展開後からこれまでに寄せられた相談案件は160件を超え、300件以上の紹介・マッチングが成立しています。

相談者がシステムを通じて相談すると、事務局が情報を整理したうえでポリネーターに接続。
ポリネーターから提案されたコンテントアドバイザー候補やナレッジが集合知として相談者に共有され、
相談者は希望するコンテントアドバイザーとのマッチングへと進みます。
世界屈指の幅広い事業ポートフォリオを生かす
── まずはプロジェクトが立ち上がった背景について聞いてみたいと思います。ソニーではこれまでもボトムアップ活動や、部署や事業を越えたコラボレーションは活発に行われてきましたが、なぜポリネーターネットワークが必要だったのでしょうか?
魏:ソニーの大きな特徴の一つとして、事業ポートフォリオの多様性があります。祖業であるエレキをはじめゲームや映画、音楽といったエンタメ領域、そして半導体まで、ここまで幅広い事業を抱える企業は、世界中を見渡してもなかなかありません。ソニーがより成長するためには、各事業が持つ専門知識や経験を事業の枠を超えて効率的に共有し、有効活用する必要があります。
また、社員の専門性がソニー内の多様なビジネスで生かされ、それによって社員の視野や挑戦の幅が広がり、社員のモチベーション向上やソニーへのロイヤルティ向上に繋げたいという思いがあります。
── ポリネーターネットワークのユニークな点は、AI技術を活用しながらも人手を介している点です。当初からそのような設計だったのでしょうか?
林:いえ、もともとは全部データ化して社員が自由にアクセスできるように…といった形を思い描いていました。ただ、コラボレーションについての知見を集めていくなかで、実際の場面で必要とされる知識や人のつながりは結局「個人」の中にあることが明確になったため、個人を生かす、ポリネーターが仲介者となる現在の方向に舵を切りました。
佐藤:運用までに2回のパイロットテスト(試験運用)を行ったのですが、そこで見えてきたのがデータの限界でした。社員一人ひとりの人事データは存在していても、仕事の進め方や性格、どこでだれと繋がっているか…といったことまでは、データ化が難しい領域です。
魏:少し補足をすると、我々は相談のタイプは大きく3つに分類しています。ナレッジ探索とエキスパート探索、そしてコラボレーション機会探索です。市場動向やナレッジについて調べるナレッジ探索や、各分野の専門家を探すエキスパート探索はAI技術が生きる領域です。一方で、ポリネーターのような仲介者を必要とするコラボレーション機会探索においては、もちろんデータも重要ですが、最終的には人と人との相性が重要です。
また、パイロットテストを経てコラボレーション機会探索についてわかったこととしては、解決したい課題を持った相談者は、生きた知識や生の知見を欲しがっているということでした。重要な成果や情報は人にひも付いており、データやテクノロジーも大事ですが最終的にはやはり人がキーになるという確証を得ることができました。
林:まさにコラボレーションにおいては人がキーになります。今はまだ個人の中に情報があり、それが世界各地に点在しているため、まずは人とAIのハイブリッドでプログラムを運用しながら知を集めているところです。

世界中の社員に活用してもらえる、生きたプログラムであるために
── 実際に全体に向けてポリネーターネットワークを公開して運用を開始するにあたって、こだわったことや工夫された点などはありますか?
林:制度面におけるこだわりの一つは、ポリネーターの任期を2年に定めていることです。ソニーには多種多様な知見や人脈を持っている方が多くいるので、それを最大限に生かすことや情報のフレッシュさを確保するため、任期を定めることにしました。
プログラムの運営面では、ポリネーターのみなさんとは日米それぞれ隔週で、四半期に一度は日米合同でミーティングを実施し、相談案件に関する議論やさまざまな情報交換を行っています。とはいえ、やはり本来担当している業務だけでも忙しい方ばかりなので、必要以上の負荷は避ける、継続して活動する意義を感じていただけるような工夫を常に検討しています。

佐藤:私は、ポリネーターネットワークのウェブサイトの企画・設計を担当しているのですが、ウェブサイトの目的は3つあります。デジタルアプリケーションとして運用をサポートすること、運用の中でデータを蓄積させること、認知向上を図ることで相談アクションを促すということです。
ウェブサイトを設計するにあたり、通常であれば仕様書を作成することが多いかと思いますが、今回我々はUXブループリント※3というものを規定しました。まず、ウェブサイトのターゲットとなるユーザーを定義した上でユースケースを洗い出し、情報アーキテクチャを定め、情報の構成に従ってどのようなUXフローとなるのか、そうするとどのようなUIデザイン(ユーザーフレンドリーなボタン配置や表示内容等)が望ましいのか、といった順序で検討を重ねました。
また、開発の進め方としても2週間を一つのサイクルとした、いわゆるスクラム開発※4を採用しドキュメントよりもディスカッションを重視しました。
ウェブサイトを訪れるユーザーは、そもそもポリネーターネットワークとは何なのかを知りたい人、どんなポリネーターに相談できるかを知りたい人、相談事例を参照したい人、すでに相談したい内容が固まっていて相談したい人など、さまざまな目的を持っていることが想定されます。そのためトップページからあらゆるユースケースに対応できる直感的な構成を意識しました。
※3:UXブループリントとは、ユーザー体験(UX=User Experience)とサービス提供側プロセスを可視化し、サービス全体の設計図(青写真)として整理するフレームワークのこと。
※4:スクラム開発とは、短い開発サイクルを繰り返すアジャイル開発手法の一つで、ラグビーのスクラムのように少人数のチームが密な連携を取り、短いサイクルで機能を開発・評価し、変化に柔軟に対応しながら価値の高いプロダクトを迅速に作り上げる手法のこと。
ポリネーターとは、一体どんな方々?
── ところで、ポリネーターとしての要件のようなものはあるのでしょうか?
林:人材要件としては、経験、スキルセットとマインドセット、そして保有資格という形でそれぞれ定義しています。ただその中でも我々事務局として特に重視しているのは、人脈の広さと、他者を助けたいというマインドセットの部分です。
また、エンジニア系だけでなくビジネスのフロントラインにいる方や、コーポレート部門の業務に携わる方など、ポリネーターの専門領域は多岐にわたります。幅広い相談ニーズにも対応できるよう、ポリネーターのバランスにも気を配っています。
ポリネーターの中には、Discover Sonyで以前に取材させていただいた方々も…
高島 芳和さんに取材させていただいた記事はこちらのページから
田中 章愛さんに取材させていただいた記事はこちらのページから
魏:各ポリネーターの専門領域もそうですし事業領域においても、ソニーグループの全事業体をカバーして幅広い事業領域からこれだけの人を集めているプログラムは、過去を振り返ってもなかなか無いんじゃないかと思います。

AIが進化した先にある、「人であること」の可能性とは
── 今後、ポリネーターネットワークはどのような進化を遂げていくのでしょうか?事務局として、今後の展望などあれば教えてください。
魏:まだ具体的にお伝えできないこともあるのですが、大きな方向性として、AI活用については今後より進化させていくつもりです。ナレッジ探索やエキスパート探索において、AI活用によりアドバイザーのレコメンド、相談者とアドバイザーのマッチングの精度を更に上げていくことができると考えています。
佐藤:AIが参照できる情報を充実させるため、あらゆる相談のタイプにおいて、人によるマッチングを行う裏側でデータを取り続けています。他にも、AIが相談者の壁打ち相手となって相談内容を詳細にブラッシュアップしていき、会話の履歴を要約するといったことも行っています。AI機能においても先述のUX主体の設計に従い、AIが処理して出力する情報を整理し、ユーザーが必要とする情報を分かりやすく伝える画面構成を検討しています。こうした取り組みを重ねていき相談案件の受領、およびアドバイザーの探索においてAI活用の場面を増やしていきたいと思います。
林:米国の事務局担当としては、米国の事業特性を生かした取り組みにもチャレンジできると良いなと思っています。米国にはエンタテインメント事業の本社機能が集まっています。そのため、エンタテインメント領域に携わる社員が多いのですが、たとえば、社外のクリエイターの方々も含めてコンテントアドバイザーになってもらうとか。もちろんさまざまなハードルはありますが、そういった選択肢も見据えられると、ポリネーターネットワークの可能性がより広がっていくのではないかと思います。
── 昨今AI技術が目覚ましい発展を遂げていますが、近い将来、人としてのポリネーターが不要になる未来はあるんでしょうか?
佐藤:私個人の意見にはなりますが、これは明確にNOだと思っています。まさに、AIからコンテントアドバイザーを推薦してもらうということは何度も試しているのですが、ポリネーターからの推薦との差分がはっきりと出ています。それは、バイアスの有無です。ポリネーターが行う推薦には、その本人の経験、所属部署の状況、直近のプロジェクト、そして 過去に立ち話で共有したちょっとした近況や意図のニュアンスなど、データ化されていないさまざまなコンテクストが反映されます。一方で、AI にはそうした属人的なバイアスが一切なく、あくまで相談内容そのものに基づき、条件に適合したアドバイザーをピンポイントで推薦しますが、データ化されていない情報は一切参照できません。決して単純にどちらが良いという話ではなく、ここに差分がある以上、ポリネーターが完全にAIに代替されることはないと思っています。
林:コラボレーション機会探索というのは、わりとウェットな世界でもあると思うんです。最終的にビジネス上の相互実利があるかは避けられない判断ポイントになると思いますが、「この人からの依頼だから、話だけでも聞いてみよう」とか、「この人が言うならアイデアに乗っかってみようか」といった具合に、個人の関係性に依る部分は見過ごせません。
魏:ナレッジ探索やエキスパート探索は今後ますますAI活用による探索の効率化が進んでいき、その一方で、コラボレーション機会探索については引き続き信頼できるポリネーターが仲介することで、コンテンツアドバイザーも安心して相談者に対して本質的な知見を提供する、より人が介在する価値は上がると考えています。AIと人それぞれの強みを掛け合わせて、よりユニークな価値あるプログラムになっていくんじゃないかと期待しています。

<編集部のDiscover>
インタビュー後半、「AIが発展すると、人としてのポリネーターは不要になるのでは?」という質問をしながらも、もしそうだとしたらちょっと悲しいな…と思っていました。だからこそ佐藤さんの「明確にNO」という回答には、一人の人間としてなんだか勇気をもらえた気がしました。人と人をつなぐのは、やっぱり人なんですね。AIと人、それぞれの強みを生かすポリネーターネットワークシステムを通じて、世界中の知と知がつながり、新たなイノベーションが生まれることを期待しています!












