2025年3月25日
技術者同士が切磋琢磨し、技術をより良いものに。
国際標準化という場で手に入れたやりがい
MPEG-2やAVC、HEVCなど主要なビデオコーデックのアルゴリズム開発とその標準化に取り組んできた功績が評価され、IEEE(米国電気電子学会)のフェローに認定されたソニーグループのDistinguished Engineer、鈴木輝彦。映像をより美しくする挑戦を続けてきました。これまでのキャリアと、テクノロジーにかける想いを聞きました。
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鈴木 輝彦
ソニー株式会社
Distinguished Engineer
海外で多くの人と切磋琢磨し、成長したい
──学生時代はどのようなことを学んでいたのでしょうか
大学院では宇宙物理学や素粒子物理学を専攻していました。その当時、1987年に大マゼラン星雲に超新星が観測され、世界中の研究者の関心を集めていて、私ものべ半年ほど、南米ボリビアで国際共同研究に参加しました。
私にとって初めての海外体験。標高3800mのところに住居を構え、そこから5300mの観測地点まで通う毎日。高山病でふらふらになっていましたが、いろんな国の研究者の方と接して大いに刺激を受けました。将来は、海外に出ていって多くの人々と切磋琢磨して成長し、科学の発展に貢献したいと考えるようになりました。
観測活動では、山の斜面に設置した測定機で超高エネルギーガンマ線を捉え、それらを収集して解析するシステムを作りました。その中で理論だけではなく、ものづくりにも興味を持つようになったことがきっかけで、ソニーに入社しました。
映像符号化の技術を取り扱う部署に配属され、MPEG-2の国際標準化を進めるメンバーの一人になりました。
──映像符号化とはどのような技術なのでしょうか。またどのような規格がありますか。
映像符号化とは、静止画や動画、音声などのデジタルデータを圧縮する技術です。映像や音楽の配信サービスやDVD、Blu-ray DiscTMなどの記録媒体、BSデジタルや地デジ放送など、現在の私たちの生活に欠かせない映像製品やサービスを支える重要な技術です。
デジタルの映像符号化の規格は、1990年代のMPEG-1に始まり、地上デジタル放送の規格となったMPEG-2、Blu-rayTMなどに採用されたHD映像対応の規格であるAVC(Advanced Video Coding)、4K対応のHEVC(High Efficiency Video Coding)、そして最新の8Kに対応するVVC(Versatile Video Coding)に至るまで、映像の高精細化やデータ量の増大、通信技術の進歩と競うように30年以上にわたって進化を遂げてきました。たとえば、HDTVの映像データ量は1時間で約450GB。これをMPEG-2なら66分の1に、AVCなら200分の1に圧縮することが可能です。約10年ごとに新しい規格が登場し、その都度、圧縮率は各段に向上していきました。
また、映像の圧縮には、大きく二つの方法があります。一つは、画面内で相関を利用する方法です。ある画素の周囲の画素は、その画素と似たような画素が並んでいます。その相関を利用してデータ量を小さくします。もう一つは「動き補償」と呼ばれる技術で、動画像では連続するフレーム間において似ている画像が続くことを利用し、その動きを予測し差分情報だけ送っていくことで圧縮効率を高めるというものです。
さらに現在はAIに事前に学習させることで圧縮につなげる方法を探っています。実用化はもう少し時間がかかりそうですが、今後革新的な圧縮技術が確立されるものと考えています。
より高度な圧縮技術を追い掛け続けて
──映像符号化の規格を国際標準にすることにどのような意義があるのでしょう。また、MPEG-2の国際標準化では具体的にどのようなことに取り組みましたか。
さまざまな業界の関係者が集まりオープンに議論して共通の規格を作り、どの会社の製品でも同じように映像を再生できるようにすることで、市場そのものを大きく広げていこうというのが目的です。特に近年では、製品が多機能化、ネットワーク化するなか、1社の技術だけで製品開発をすることは困難になってきています。たとえば、テレビ1台を作るにも、HDMIや通信、放送の技術が必要です。そうした技術に強みを持つ各社を巻き込み、比較的フェアな形で使える標準のフォーマットを策定し、活用していくことが業界のコンセンサスになっています。
MPEG-2に話を戻しますと、私が入社した1992年は、ちょうど規格の国際標準化の議論が始まった年でした。世界中から各社の研究開発に携わる技術者が集まり、技術的な提案をぶつけ合い、切磋琢磨して一番良い提案が採用されるという勝負の世界です。言い換えれば、良い技術をみんなで良くしていくというプロジェクトでもあります。それは私自身がまさにやりたい仕事そのものでした。理論立てて進める余地もあって、理学部出身の自分の強みを生かせる業務だったと思います。
MPEG-2の規格はDVDや地デジなど現在も広く活用されている基盤技術です。ソニーのメンバーが国際標準化の日本代表団団長を務めるなど、標準化の議論をリード。日本の各企業とともに、数多くの提案を行い、規格に取り入れられました。当時は、アナログからの移行期で、アナログでできたことがデジタルではできないのではという課題が山積していたので、提案の出し甲斐がありましたね。
プロジェクトのメンバーと議論をしながら開発を進めましたが、その中のアイデアの一つが映画を効率よく圧縮する手法です。映画とテレビでは秒間のフレーム数が異なります(映画:24フレーム、テレビ:30フレーム)。それぞれの表示の違いをうまく変換する仕組みを考案し、効率よく圧縮をかけることで滑らかな再生が可能に。このほか、実数の演算処理をする際、各社の実装の違いにより生じる演算誤差を減らす技術を規格に盛り込むこともできました。こうしたデジタルならではの技術や機能について考える日々の結果、多くの規格必須特許の獲得にもつながりました。
その後、AVCではプロジェクトリーダー、HEVCでは日本代表のような立場へと変わり、映像符号化の国際標準化に一貫して関わり続けています。一緒に標準化に携わる企業も、メーカーからIT系企業、半導体系企業へとシフトし、現在は中国の企業が存在感を発揮しています。取り巻く環境は変わってきていますが、ソニーにとって映像技術はやはりキーテクノロジー。今後も積極的に標準化の議論をリードしていきたいと考えています。
AVCの標準化で、エミー賞(2008年)受賞式に招待
──映像符号化の他に関わられた技術はありますか。
MPEG-2、MPEG-4に取り組んだあと、カリフォルニア大学サンディエゴ校に客員研究員として一時留学していました。MPEGが広く浸透することで、デジタルコンテンツが爆発的に増え始めていて、その次に来るのは動画像の検索技術だと考え、マルチメディアデータベースの研究に取り組みました。
また、現在は、圧縮技術を応用した、3Dの映像や仮想空間などを通じたイマーシブ(没入感)なエンタテインメントの実現に向け、AIなども活用したバーチャルプロダクションの制作や、ゲームにおける3Dデータの効率的な伝送方法などの開発に取り組んでいるところです。空間そのものをセンシング、キャプチャーして、どのように映像処理ができるかというところに研究の興味が移ってきています。
IEEEのフェローに認定
──この仕事の魅力ややりがいについて教えてください。
先ほどお話ししたように社外の方とオープンイノベーションという形で最先端の技術に関わり、互いにそれぞれの技術を磨き、新しい価値をみんなで生み出していけるところが私としては一番面白く、やりがいのあるところです。ずっと会社の中にいると、同じような視点に偏りがちです。いろいろな世界の価値観の違う方たちと触れ合うことをずっと大切にしてきたと思っています。
それから、メーカーの中で研究開発に取り組むことで、製品やサービスとして世界中の方々に使っていただける。人々の生活をより豊かにすることに貢献できることもかけがえのないやりがいです。
──2024年12月にIEEE(米国電気電子学会)のフェローに認定されました。どういった点が評価されたとお考えでしょうか。
先方からの書面には“Contribution to Video Coding for Professional & Consumer Products”とあり、MPEG-2からVVCまでの標準化の取り組みや、3Dも含めた圧縮技術と産業への貢献を評価していただいたと理解しています。
フェローに認定されたことで、エキスパートとしてより高いレベルでの貢献が求められていくと思いますので、その名に恥じない活躍をしたいと気を引き締め直しているところです。
「IEEE Fellow」認定証
既存の枠組みを超えたエンタメを創造する
──エンジニアとして大切にしている考え方について教えてください。
一つは、会社や研究室の中に籠って考えないことです。標準化団体には、ハードウェアだけでなく、コンテンツ、放送局などいろんな立場の方がいるので、さまざまな視点からの意見を聞くことができます。他の学会にも積極的に顔を出すようにしています。あとはAIをはじめ、新しい技術に興味を持って自分で試してみること。そして、良いアイデアは机に向き合っている時よりも、子どもと一緒に遊んでいる時など適度にリラックスしている時の方がよく浮かんでくるものだと実感していますので、生活のメリハリを大切にしています。
──職場としてのソニーの魅力はどこにあると思いますか。
ソニーは幅広い事業を展開しています。技術系のところだけを見ても、デバイスからイメージャーまで幅広く、ほとんどの業種の方がいる。そうした仲間と一緒にものを考えていけることが楽しいですし、強みだと思います。
また、他の会社にない魅力はコンテンツを持っていること。映画や音楽、ゲームなどを手がけるグループ会社の皆さんと新しいコンテンツを一緒に作り出すことができます。
研究開発環境としても、自由が尊重されている会社だと思います。やりたいと思ったことはどんどん提案できますし、そういった姿勢をサポートしてくれる風土があります。
──最後に、今後の目標について教えてください。
Distinguished Engineerや、ソニーグループ内の技術横断活動である技術戦略コミッティなどの活動を通じて、技術を軸にグループ横断でエンジニアたちをつなげる活動をしていきたいと思います。また、さまざまな技術をもったエンジニアのコミュニティをつくり、また若手の皆さんの技術的な知見を増やしていくことも目標です。
会社としてクリエイションシフトの方針が掲げられていますが、一体何をするのか。それはクリエイター向けのツールをつくるといった単純な話ではなく、クリエイターに貢献するとはどのようなことなのか、どういうエコシステムをつくればいいのかを皆さんと一緒に考えるところからはじめなければいけないと考えています。エンタテインメントの裾野は広く、たとえばソニーとしてまだ十分にアプローチできていない領域にいるクリエイターにどのような価値を提供できるのか、そもそもそういうところにソニーとしてチャンスがあるのか、を見定めていくことが必要かと思います。
さらに言えば、技術の力で、映画や音楽といった既存の枠組みを超えた新しいエンタテインメントやコンテンツを創造できないか、そんな挑戦ができることにワクワクしています。
一つの技術をより深めていきたいという気持ちももちろんあります。しかしそれ以上に、次に取り組むべき技術を決めて、そのための人材育成やグループ全体を横串でつなぐといった役割を果たしていきたいですね。
