2026年3月5日
クリエイターとファンのための新時代
マグダレナ・ワソウスカが語るブロックチェーンの可能性
ソニーのDistinguished Engineerの一人であるマグダレナ・ワソウスカは、「新しいテクノロジーでクリエイティビティを支え、発展させる」という想いを原動力に、ブロックチェーン、サイバーセキュリティ、ロケーションベースエンタテインメント(LBE)など幅広い領域で活躍しています。
マグダレナは、技術プロジェクトのリーダーとしてだけでなく、ソニーのブロックチェーンプロジェクト「Soneium(ソニューム)」の事業開発担当、 ソニーイノベーションファンドのサイバーセキュリティおよびWeb3テクノロジーのシニアアドバイザーも務めており、最先端の研究開発とソニーの次世代ビジョンを形作るビジネスやクリエイティブのエコシステムをつなぐ架け橋となっています。
今回はマグダレナに、彼女の取り組むプロジェクトやテクノロジーに向き合う姿勢、そしてその背景にある思いについてインタビューを行いました。
-
マグダレナ・ワソウスカ
ソニー株式会社
Distinguished Engineer
──現在のあなたの活動と、注力している技術について教えてください
ベルギーのブリュッセル、スウェーデンのルンド、アメリカのニューヨークと、3つの拠点で研究開発グループを率いています。それぞれの拠点で研究開発のテーマは異なり、ブリュッセルではサイバーセキュリティとブロックチェーン、ルンドではロケーションベースエンタテインメント(LBE)、ニューヨークではソニー・ミュージックと共同での研究開発に取り組んでいます。
特にブリュッセルでは、長年、サイバーセキュリティの攻撃側と防御側の両方に焦点を当て、ソニーの商品・サービスの安全性だけでなく、レジリエンスも確保するための研究開発に取り組んできました。セキュリティは日々進化しているため、我々のチームは「変化に反応すること」だけでなく、「変化を予測し、備えること」も求められています。
そして、ブロックチェーンも重要な柱の1つです。私はWeb3の基盤となるインフラネットワークであるブロックチェーン「Soneium(ソニューム)」の事業開発担当として、ビジネス戦略とエコシステム戦略の策定を支援しています。活動をスタートさせた当初から、私はブロックチェーンが持つ、透明性、トレーサビリティ、説明責任といった特性によって、違法なコピーなどの著作権侵害のリスクをはらむデジタルシステムへの信頼を回復できると信じてきました。ブロックチェーンを使えば、データやクリエイティブな作品の起源を検証可能な形で追跡することができます。つまり、著作権と所有権への信頼を取り戻すデジタル監査証跡を実現できるのです。
私はブロックチェーンが一時的な流行語や表面的な話題で終わってはならないと考えています。クラウドコンピューティングのように、ユーザーが意識しなくても簡単かつ直感的に使える一方で、裏側では確実に機能する、そんな存在であるべきだと考えています。「Soneium (ソニューム) 」はまさに、ブロックチェーンを「目には見えないけど、なくてはならないもの」にすることを目指したインフラなのです。
──このテクノロジーが一般ユーザーにとってより身近なものになった場合、クリエイティブの可能性はどのように広がると考えていますか?
10年後のソニーのありたい姿を示した長期ビジョンCreative Entertainment Visionは、クリエイターやファンコミュニティをインスパイアし、明るい未来を創ることを目的の1つとしています。私は誰もがクリエイターとなれる世界が来ることを強く信じています。すべての人がプロのアーティストというわけではありませんが、多くの人が「自分を表現したい」、「何か意味のあるものの一員になりたい」と感じているように思うのです。
いま、クリエイティブな文化の潮流は、コミュニティ主導のクリエイションへと移りつつあると感じています。ファンは単なるコンテンツの消費者ではなく、クリエイターとともにコンテンツを生み出す共創者となっています。アーティストやフランチャイズをめぐるファンダムは、それ自体がひとつのクリエイティブなエコシステムとなり、オリジナルコンテンツの価値を拡張するアート、リミックス、ストーリーを生み出しています。
そして、その実現を後押しするのがブロックチェーンです。参加・貢献・所有に関する透明性のある枠組みを提供することで、ユーザーやファンはよりコンテンツに関わることができるようになります。ブロックチェーンベースのプラットフォームを使えば、ファンはプロジェクトの資金支援やアイデア提案、さらにはその成功の共有まで可能になります。一方で、アーティストは自らが生み出したクリエイティブなコンテンツをしっかりとコントロールすることができます。
ブロックチェーンツールを誰もが使いやすい形で提供することにより、新しいタイプのクリエイティブエコノミーを実現しようとしています。テクノロジーが複雑さを取り除き、ユーザーが仕組みを意識することなく参加できることで、コミュニティのつながりや帰属意識が自然と高まっていく。そんな世界を思い描いています。
──ブロックチェーンは、ファンをクリエイターに変えるというアイデアをどのように支えているのでしょうか?
ブロックチェーンは、私がIP-Fiと呼んでいる新しい可能性を実現させるために必要なテクノロジーです。これはエンタテインメントの知的財産(IP)を、金融的な価値(Fi)とクリエイティブな価値の両面から活用できるようにする考え方であり、IP-Fiによって、ファンはコンテンツIPの創造、キュレーション、ガバナンス、さらには収益化に至るまで、そのライフサイクル全体に参加することができます。
たとえば、ファンフィクションやリミックスといったファンの創作活動を思い浮かべてください。ブロックチェーンを使用することで、これらの派生作品にも正しい属性付与、ライセンス管理、そして報酬分配が可能になります。アーティストは分散型ガバナンスの仕組みを設計することで、ファンが責任ある形で創作に参加できる環境、アーティストの作品にコミュニティ全体で新たな価値を重ねていく世界を築くことができます。
こうしたモデルは、コミュニティの結びつきをより強固にするだけでなく、クリエイティブな関係における価値観と信頼の在り方を再定義します。ファンは単なる受動的な観客ではなくステークホルダーとなり、アーティストはファンとのエンゲージメントをより深めることができます。そしてソニーにとっては、新しい「参加型エンタテインメント」を育てる大きな可能性が生まれます。
最終的な目標は、クリエイティビティを最大限に引き出すことです。すべての参加者に対して、公平さ・透明性・機会を保証しながら、自己表現の手段を拡張させることが、ブロックチェーンの果たす最も重要な役割の1つだと考えています。
──ファンダムを強化し、結びつけることに加えて、ブロックチェーンはどのようにしてクリエイティブな取り組みを支援し、保護することができるのでしょうか?
コンテンツの制作やファンダムを促す役割だけでなく、ブロックチェーンは音声・映像・グラフィックといったIPの保護の領域において重要な役割を果たしています。フィンガープリント技術を活用することで、コンテンツIPを構成する要素や、無許可で行われたオリジナル作品への改変を特定できるようになります。
音声・映像コンテンツに関するブロックチェーンは、ロイヤリティの管理や分配をより透明かつ正確にする一方で、デジタル化が進みリミックス文化が加速する環境の中で、クリエイター同士が大規模に共創できる基盤を提供します。ブロックチェーンによって、クリエイターや企業はクリエイティブなサプライチェーン全体に対して、信頼とトレーサビリティを組み込むことが可能になります。
さらに、私たちはIPトークン化が、新しい資金調達やコラボレーションの機会を生み出す可能性についても探求しています。これにより、クリエイティブ業界と金融がより密接に結びつき、新進アーティストが人材や資金といった必要なリソースへアクセスしやすくなるなど、支援の幅が大きく広がります。
──体験型テクノロジーの分野でのお仕事について、少し教えていただけますか?
スウェーデンのチームは、ロケーションベースエンタテインメント(LBE)に焦点を当て、ソニーグループ株式会社や外部パートナーのテクノロジーを組み合わせながら、新しいタイプのフィジカルとデジタルが融合した体験の開発に取り組んでいます。
チームは、ソニー・ミュージック、ソニー・ピクチャーズ、クランチロールなどと密接に連携し、没入型のインスタレーションを制作しています。たとえば、動きや触覚に反応するビジュアル、サウンド、ハプティクスフィードバックを備えたインタラクティブな環境です。こうした体験は、ストーリーテリング、アート、テクノロジーを融合させ、スクリーンの枠を超えた五感に訴えかける新たなエンタテインメントの可能性を示しています。
そして、これは「テクノロジーは人間らしくあるべきだ」という理念を体現するものでもあります。すなわち、テクノロジーが人の感情、行動、認知に寄り添い、安心感や共感を与えるものであるという考え方です。ブロックチェーンでも物理空間でも、目指しているのはシームレスで感情に響くインタラクションを生み出すことです。
──あなたは、世界中の優れた研究者を称える「Sony Women in Technology Award with Nature」の創設に関わっています。この賞に対するあなたの想いをお聞かせください。
この賞は、創設時にソニーグループ株式会社のチーフ・テクノロジー・オフィサーを務めていた北野宏明さんとともに構想を練り、実現へと結び付けたもので、私にとって非常に特別な取り組みです。このプログラムが成長を続け、世界中の優れた女性研究者を支援し、その功績をたたえ続けていることを誇りに思っています。
今はこのプロジェクトに直接かかわってはいませんが、ダイバーシティ・公平性・インクルージョンへの情熱は、私のすべての活動の根底に流れています。私にとってダイバーシティは、単なる価値観ではなくイノベーションを推進するドライバーです。多様なチームは先入観に疑問を投げかけ、他の人なら見落とすようなパターンを発見し、より幅広い人々の役に立つテクノロジーを創り出す力を持っています。
私は常に「誰もが本来の自分を表現できる場所をつくる」ことを大切にしています。異なる視点同士が、好奇心と敬意を持って交わるときにイノベーションが生まれると信じているからです。この賞の継続的な発展を通じて、研究開発の中心に「ダイバーシティというマインドセット」を据えることの重要性が、より広く伝わってくれることを願っています。
