2025年5月13日
新しい技術と顧客価値で社会に「後戻りしない変化」をもたらす
アクセシビリティあふれる楽しい体験を提供するために
インタラクションとアクセシビリティの領域で、ソニーグループ全体の技術開発の発想をリードする、Distinguished Engineerの山本一幸。これまでのキャリアと、テクノロジーにかける想いを聞きました。
-
山本 一幸
ソニー株式会社
Distinguished Engineer
社会に「後戻りしない変化」をもたらすこと、
それが「役に立つ」ということ
──ソニー入社のきっかけを教えてください。学生時代はどのようなことを学んでいたのでしょうか。
学生時代は機械工学を専攻し、マイクロロボットの開発に取り組んでいました。その当時、将来社会人になったら「(世の中の)役に立つこと」をしたいと漠然と考えていたのですが、就職について考える際、自分にとっての「役に立つ」を具体的に考えることにしました。それが「アイデアを形にして世の中に提供し、少しでもいいから世の中に『後戻りしない変化』をもたらすこと」。それを実現できる職場で働きたいと考えるようになりました。
ちなみに、その後もこの「役に立つ」を再定義し続け、現在では「新しい技術と顧客価値を結び付けた製品や体験を世の中に提供し、少しずつでもいいから世の中に後戻りしない変化をもたらし続けること」という形となり、自分の生き方の羅針盤になっています。
その後、ソニーの挑戦的な社風に惹かれ、きっと自分の「役に立つ」が実行できると感じたこと、また、担当教授や先輩たちからの、「(私のような)自由すぎる人間にはソニーが向いている」という後押しもあり、ソニーへの入社を決めました。
──入社してからはどのようなことに取り組みましたか。
1992年に入社し、当時の総合研究所に配属先されました。研究テーマは、高密度磁気記録の要素技術。最初は地味に思えたのですが、技術の奥深さを理解するにつれ夢中になり、毎日誰よりも早く出社して開発に没頭していました。
一方で、開発を進めるなかで、今開発しているような、デジタルで完結できる高速な記録装置がコンシューマー商品に導入されたら、きっとユーザーインターフェース(UI)も全然違うものに変わるだろう、という予感がありました。たとえば、ビデオデッキに導入されたら録画予約の方法が変わるだろうなと。私は平日のテレビ番組を録画して休日にまとめて視聴していたのですが、スポーツ中継などの延長で番組がきちんと録画できていないことが多く、不満に感じていました。そして、なんとなくUIが変わると思っていたシーズと、自分が感じていたニーズが組み合わさることで、録画したい番組をテレビ画面の番組表から選択し、時間枠ではなく番組単位で指定して録画予約できるシステム(現在の電子番組表の基本原理)を考えつきました。
当時、総合研究所では、自分が担当する研究開発と関係ないことでも10年後に役立ちそうなアイデアを特許化しようというプロジェクトがあり、そこに電子番組表を応募。結果、基本特許を取得でき、その後、電子番組表はほぼすべてのテレビやビデオデッキに導入されました。これが、世の中に後戻りしない変化をもたらす最初の成功体験となりました。これは、人がどんなことに困っているのか、何ができたら嬉しいのか、その結果世の中を少し変えられるか、というところからアイデアを考え、シーズと結び付けて実現する、つまり「役に立つ」という考え方から来ていますし、「役に立つ」も私の中でここのようにより具体化されてきました。と
2004年頃になると、いろいろなコンスーマ機器がコンピュータ化していく未来が明確に見えてきました。そうすると、それらの操作方法もコンピュータに近づいていく。しかしコンスーマ機器に複雑なコンピュータのUIを導入するのはハードルが高く、もっと直感的なUIを導入する必要があるのではと考え、インタラクション技術開発に転向しました。
この時、将来こういう技術が必要になるだろうと思って開発を手がけたのは、①ハプティクス(触覚フィードバック)、②音を使ったAR(拡張現実)、③慣性センサーを使った操作入力、の3つです。これらは、10年以上の紆余曲折を経て、研究開発チームや事業部の方たちと一緒に開発した結果、DualSense® ワイヤレスコントローラーや現実世界に仮想世界の音が混ざり合う新感覚の音響体験Sound AR™サービス Locatone™(ロケトーン)、インダストリ向けヘッドマウントディスプレイのコントローラー、Xperia™の音と連動した振動システム、などの形で世に提供することができました。
この頃までは、人と機器のインタラクションが開発のメインテーマでしたが、現在は、インターネットや仮想空間を介した人同士のインタラクションにも注力しています。たとえばコロナ禍で一気に広がったテレワークが、なぜ今出社の方向へと揺り戻しがきているのか。その根源的な理由を特定し、仮想空間における解決策を見出したいと考えています。
感覚で理解するUI
──山本さんのもう一つの大きな開発テーマであるアクセシビリティについてもお話を聞かせてください。山本さんはどのようにこのテーマに取り組んでいるのでしょうか。
私にとってのアクセシビリティの起点は、2018年のソニーグループ行動規範改定です。ソニーではアクセシビリティに関する統一した達成基準が設けられていますが、これをさらに推し進めて、「できないことをできるようにする」テクノロジーの視点を入れ込み、ソニーの技術で役立つことがあるのではないかと考えて開発をスタートさせました。
まず、デザイン、研究開発、そしてアクセシビリティを推進するチームなど複数部署から障がいのある社員を含めた有志が集まりました。集中的な議論を行った結果、ソニーの強みを生かした貢献領域として、視覚と聴覚の拡張をテーマに設定。音と映像を得意とするソニーなら、視覚や聴覚に障がいがある人もない人も一緒に楽しい体験ができるものを作れるのでは、という考えが生まれました。これは私の「役に立つ」にも完全にマッチしていました。
キーワードは「感覚で理解するUI」。映像やオーディオの技術を適用し、体感できない感覚を別の感覚で代替することで、直感的に理解するという発想です。たとえば聴覚障がいのある人に今まで培ってきたハプティクス技術を応用し、物理現象や感覚受容として音に近い触覚刺激(広帯域・高ダイナミックレンジの振動)を与えることで、聴覚の代わりにできないかといった研究を進めました。
「感覚で理解するUI」 代替モーダル
また、視覚に頼れない状況でも立体的な音響があれば空間を把握できるという仮説のもと、音響ARなどの技術を使って、聴覚情報を視覚の代わりとして体験できる場を設けました。真っ暗な空間の中で、エレベーターや地下室、洞窟といったいろんな空間を擬似体験できるシステムを使って、障がいの有無に関わらずみんなが一緒に楽しめる体験を創出しました。この一連の体験の中に音楽セッションを企画し、聴覚障がいの方も一緒に楽しめるように、掴んだ取っ手の周りの音を振動として伝わるようにするなどしました。
視覚に頼らずに、暗闇の中でソニーの音響・触覚技術を楽しめる体験型展示をクリエイティブ・ビジネス・フェスティバル「SXSW(サウス バイ サウスウエスト)」で公開(2019年)
感覚で理解し、体験を楽しむ
──ソニーのアクセシビリティの開発の特徴はどんなところにあるのでしょうか。
私の理解では、一般的には「情報の授受」を目指すことが多いのに対し、ソニーはそれに加えて「感覚の授受」を目指している。これが大きな違いだと考えています。
また、ソニーは感じて楽しませるエンタテインメントの会社。「役に立つ」に加え、人々の生活を豊かにしてくれるものを訴求しています。
ソニーでは、製品の商品化プロセスにインクルーシブデザインの手法を取り入れることを宣言しています。私はそれを実践するためのエンジニア向け研修の運営にも携わっているのですが、それが単に守るべき義務ではなく、エンジニアが夢中になれるチャレンジであることを伝えるように意識しています。
実際に、チャレンジを乗り越えていくつもの素晴らしい製品が出てきています。たとえばAccessコントローラーは障がいのある方でもゲームをより快適に楽しめる、高い適応性を備えています。そのほか、テレビの音声を手元のスピーカーから出力し、はっきりと聴き取りやすくする「お手元テレビスピーカー」、イヤホンをしていても周囲の音が明瞭に聞こえるリング型ドライバーユニットを採用した「LinkBuds」、カメラ撮影の際に網膜に直接画像を投影する網膜投影カメラキットなども実用化されています。開発段階のものとしては、昨年発表されたゆる楽器「ハグドラム」があります。ソニーでは、事業や技術開発、デザインなどさまざまな部署が、アクセシビリティを踏まえたものづくりや体験づくりを実践しています。
アクセシビリティを持続可能な事業に
──今後、山本さんはアクセシビリティにどのように取り組んでいきたいと考えていますか。
ソニーは人とコンテンツの界面を作る会社として、感覚や体験を重視した、みんなが楽しめるアクセシビリティを追求する。しかも、アクセシビリティと、ソニーの音と映像の技術は相性が良いという強みがあります。そう考えると、ソニーならではのアクセシビリティを提供できるはずだと考えています。
毎年5月の第3木曜日は、アクセシビリティについて語り、考え、学ぶ、Global Accessibility Awareness Day (GAAD)で、今年は5月15日にあたります。
ソニーとしては、できなかったことをできるようにするテクノロジーを通じて、障がいの有無に関わらず、誰もが体験を楽しめる未来の姿を伝えたいと考えています。まだまだ技術的な制約もあれば、私たちの発想が追いついていない部分もありますが、後戻りしない進化をもたらしていきたいです。
そして、私は、アクセシビリティが事業へ貢献するためには、持続可能な成長性のあるものでなければならないと考えていますが、ここが一番難しい部分ですね。その成否の鍵を握るのは、障がいの有無に関わらず全ての人にとってもより楽しく、よりリッチな体験につながるか否か。ここが突破できれば、数年後には大きな世界が広がっていると思います。
ユーザーが欲しいもの使い続けたくなるものを考える
──山本さんが大切にしているエンジニアとしての考え方、アイデアの発見方法について教えてください。
繰り返しにもなりますが、「ユーザーが欲しいもの、一回使ったら、利便性の高さや使い勝手の良さや楽しさから元に戻れなくなるものって何だろう」ということを文字どおり一日中考えています。それを発見できたら、あとはそこに一番適した技術を考え、自分が持っていないスキルが必要であれば身につけていきます。元々の専門は機械工学でしたが、インタラクションが次に世の中を変える技術だと感じ、一から勉強しました。そういう姿勢は大事かなと思います。
──ソニーという職場についてはどのように感じていますか。
実体験ですが、新入社員の提案でもちゃんと耳を傾けてくれる会社です。面白いアイデア、納得感のある提案であれば受け入れてくれる。私自身も、本業の磁気記録の開発と並行して、自身が発想した電子番組表で特許まで取らせてもらうことができました。
今は恩返しの気持ちで、若手の奇想天外な提案にも耳を傾けたり、机の下活動を推奨したり、必要であれば社内のキーパーソンにつなぐといった後押しもしています。私自身も、昔は上司のつてを使ってそういったキーパーソンのところに突撃して、一生懸命プレゼンしたり教えを乞うたりしていましたから。そういう環境を次の世代にも繋いでいきたいと思いますね。
