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2026年1月27日

全ての社員をAIのよき使い手に 
ソニーグループが取り組む「AIの民主化」について

12月2日、米国・ラスベガスで開かれた、Amazon Web Services (AWS) が主催するAIとクラウドコンピューティングに関する年次カンファレンス「AWS re:Invent」に、ソニーグループ CDO(チーフデジタルオフィサー)の小寺剛がAWS CEOのマット・ガーマン氏が行った基調講演にゲストスピーカーとして登壇しました。
ソニーグループでは、AIは人をサポートするものという考えのもと様々な活動に取り組んでいます。2023年からは企業の生産性向上、AIの民主化を目指し、エンタープライズ領域におけるAIの導入を進めてきており、その更なる推進を図るため、2025年7月にAI アクセラレーション部門を立ち上げました。今回はその部門長である大場正博に部門発足の背景、エンタープライズ領域におけるAIの利活用の進捗についてインタビューを行いました。

  • 大場 正博

2002年 ソニー株式会社(現ソニーグループ株式会社)入社、情報システム企画として経営情報、CIOスタッフ、B2E改革を担当。ITアーキテクトとしてソニー欧州(英国)に赴任の後、ワークスタイル改革およびグループ構造改革を担当。2019年よりCIOオフィスGM、2021年よりグループガバナンスGMを経て、2023年からソニーグループのエンタープライズ領域におけるAIの導入を推進。
2025年7月にAI アクセラレーション部門が発足し、グループのHeadquarters機能を担うソニーグループ株式会社における将来の業務のあるべき姿の検討も含めた「AI変革」及び「AIの民主化」の両輪でさらなる推進に取り組んでいる。

AIは「使い倒す」ことで価値が生まれる

──まずはAIという技術を、どのように捉えているのか教えてください。

私はAIが「特別なもの」とは認識していません。それは「AIは人をサポートする技術のひとつにすぎない」と考えているからです。AIは人間が生み出したデータの集積に立脚した技術のため、それ自体でゼロからイチの価値を生むわけではなく、人間をサポートし、その能力を引き出す存在と捉えています。

ただ、ユーザーが自然言語で接することができるという新しい価値があることも確かです。そして、パソコンやクラウド技術のように人間が大きなスケールで「使い倒す」ことで、はじめて価値が生まれるものだと考えています。

──その考えを踏まえて目指したのが、「AIの民主化」でしょうか。

その通りです。社内におけるAIに対する基本的な姿勢について経営層と議論した際、「全社員がAIのオポチュニティとリスクを認識することが最重要だ」という認識で一致しました。テクノロジーを尊重する会社として、エンジニア以外の職種も含めたグループ内の人材がAIに触れ、その可能性だけでなくリスクも感じてもらい、社員全員がAIを使いこなせるようになる——それが、エンタープライズ領域における「AIの民主化」であり、目指す姿です。

「安心・安全にAIを使用してもらう」ために

──現状、エンタープライズ領域におけるAIの民主化がどのように進んでいるのか、経緯を教えてください。

2023年にChatGPTが爆発的に普及し、一般の人も手軽にAIに触れられるようになったことがターニングポイントでした。そこで「ソニーグループはAIとどう向き合うべきか」を再整理し、先述の「全社員がAIのオポチュニティとリスクを認識することが最重要である」という方向性でまとまり、AIの民主化に向けた活動がスタートしました。

2年半を経た現時点で、グループ内で約5万8000人のアクティブユーザーが連日15万もの推論を実行しています。チャット形式の利用だけでなく、APIを通じてバックグラウンド処理などで活躍しているAIも増えています。日々のオペレーションに取り込む前段階のビジネス実証は380件、それを経た本番利用も70件超を数え、様々な領域で「AIを使うこと」が当たり前になりつつあります。

2025年7月にAI アクセラレーション部門が発足し、グループのHeadquarters機能を担うソニーグループ株式会社における将来の業務のあるべき姿の検討も含めた「AIの民主化」のさらなる推進に取り組んでいます。

──AIの民主化を進める上での課題は何でしたか。

特に大きかった課題は様々なリスクの側面にアドレスすることでした。プロジェクト開始当初から情報漏洩や知的財産権の侵害などに関するリスクが指摘されていたほか、誤った情報を生成してしまう「ハルシネーション」も問題視されていました。この状況のままではビジネス活用はできないため、まずは全社員がLLM(大規模言語モデル)を安心して使える体制の構築を急ぎました。

──それが、2023年8月にリリースしたEnterprise LLMだったのですね。Enterprise LLMとはどういったものなのでしょうか。

Enterprise LLMは140種類を超える最新のLLMを各社と契約の上、グループ社員が好きなLLMを選択し自由に使えるチャット型のアプリケーションです。このEnterprise LLMの基盤となるプラットフォームは、大勢の社員による利用があってもダウンすることなく稼働し、かつグループの規模を生かした包括契約を結んでいるため、経済性も担保できているものになります。また、入力したデータはソニーグループ内で閉じているため、「安心・安全に使えるLLM」としてグループ内に広く受け入れられています。

プロジェクト発足当初、チーム内でネーミングの議論をして、いろいろと案が出たのですが、最終的にはエンタープライズ向けであるというメッセージを明確に伝えるネーミングとして「企業のLLM」を意味する「Enterprise LLM」に落ち着きました。とてもシンプルなのですが、「企業内で使えるLLMということは安心・安全なLLMなんだよね」と良い印象も持ってもらえたので、結果的に良かったと感じています。

──どのように安全性を実現したのですか。

情報漏洩対策を例に取ると、プラットフォームの暗号化はもとよりAIに入力した社内のデータが外部に漏れない仕組みを、LLMのプロバイダ(提供する会社)との契約面からも担保しました。導入にあたっては「どのような技術やデータに立脚したAIなのか」というバックグラウンドも精査しますし、社内向けにも「AIを使ってはいけない場面」といったルールやユースケースを周知しました。

また、プロジェクト発足時からセキュリティや法務などの専門人材にもチームに参画してもらい、法制度や倫理的な問題などもクリアしたうえで、安心して業務にAIを活用してもらえる環境にしました。

当然ですが、企業でAIを適切に使うには、経済性や情報漏洩への対策だけでなく、社内のアセスメントとレビューが必須です。ソニーグループでは法務、データプライバシー(個人情報保護)、セキュリティ(情報安全対策)、AIガバナンス(倫理・透明性・公平性を確保する仕組み)の4つの部門の承認を得るプロセスを組んでおり、「安心・安全」に最新モデルをEnterprise LLMへ導入できる体制となっています。

タイムリーさを追求した啓発活動

──安心・安全な環境を整えることに加えて、「AIの民主化」実現のために重要なものはありますか。

環境を整えることと並行して力を入れたのが啓発活動です。専門チームを編成し、グループ内、国内外で研修やイベントなどの企画・運営をしています。最新の機能を伝えるだけでなく、様々な部署のユースケースの共有などを通じて、あらゆる拠点へのAI活用促進を試みました。

──情報発信で意識されたことは何でしょうか。

意識したのは、AIの猛烈な進化の速さです。最大の懸念は、半年前に触った社員が「AIはまだまだ業務に使えない」と判断し、その評価が定着してしまうことでした。まさに日進月歩、1カ月経てば状況が一変するような流れのなかで、このような状態になることは避けなければならないことでした。

そのため、最新の情報を迅速に届けることを心がけました。「今ならこれができる」「最新のモデルはここが変わった」という情報を、タイムリーに発信し続ける。eラーニングや対面のイベントも含め、様々なタッチポイントを作り続けることにも心を砕きました。

また、事例共有で意識していることは「失敗例も共有すること」です。AIの領域では、以前できなかったことも、半年後にはできるようになっていることが多々あります。失敗例そのものが大事な経験であり、かつての失敗が成功になる過程も含めて積極的に伝えることで、スピード感を共有できると考えました。

ソニーのAI活用、その現在地

──「AIの民主化」が進む中で、どのような活用事例が生まれているのでしょうか。

ユーザーとのコミュニケーションへの活用は各部門が着手していますし、情報検索や分析、ナレッジ継承、ビジネス文書の分析やレビュー、セキュリティ検証など、多岐にわたる事例が生まれています。ソニーグループはグローバルにビジネスを行っているので、地域性や事業特性を反映した翻訳など、単なる翻訳にとどまらない活用事例も多くあります。

──AIの活用がソニーグループ内でこれほど進んだ要因は何だと思いますか。

経営層と密に議論をし、同じ問題意識と期待値をもってプロジェクトを進められていることがひとつの要因だと感じています。そして、経営側の明確なメッセージが折りに触れて発信されたことも大きなドライバーでした。

チームの編成にも工夫をしました。ソニーグループ株式会社の様々な部門のエース級の人材に「兼務」というかたちで参画してもらっています。会社の未来を背負うメンバーが自律的にプロジェクトを進め、尽力してくれる体制にできたことも非常に大きかったです。

主役は「人」であり続ける

──AIの進歩によって、人や組織にも変化が訪れるのでしょうか。

産業革命以来の歴史を振り返ると、新しい技術によって「人間に求められる期待値」が変わることがたびたび起こっています。これはAIにも当てはまると感じています。AIによって効率化の進む領域が存在し、社会全体もそこに投資を進めると思います。そうすると、「AIが人間にとってかわるのではないか」という議論が出てくるかもしれませんが、私はそうは思いません。

冒頭に伝えた通り、AIは人間が生み出したデータの集積に立脚した技術に過ぎません。新たな価値を生みだすのはあくまでも「人」であり、ソニーグループはこの考えを大切にしています。多くの社員がAIを使っている環境だからこそ、戦略的にAIを導入した「人を主役とする」組織のデザインができると考えています。現在進めているソニーグループ株式会社における将来の業務のあるべき姿の検討も、この考えを大事にしています。

──AIの民主化を経て、どのようなグループの将来像を描いていますか。

2023年にAIの民主化を推進するチームの責任者を拝命したとき、「5年後にこの部署がある会社にはしたくないな」と思いました。今日のパソコンやクラウドと同様、「AIを使うのが当たり前」になれば、このチームは「社内のAI導入促進」という役割を終え、次のチャレンジに進みます。それが私の目指すゴールです。

ソニーグループのPurposeは「クリエイティビティとテクノロジーの力で、世界を感動で満たす」です。5年後に「AI活用が進んでいること」を誇る会社ではなく、人の高い創造性が発揮され、様々な新しい感動を届け続けている会社であってほしい。そしてその陰の目立たないところで、AIが存分に活用されている——そんな状態が理想ですね。

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