2025年3月18日
テクノロジーが生み出す新しい体験と、エンジニアの役割
ソニーは、経営の方向性として「クリエイションシフト」、10年後のありたい姿を示す長期ビジョンとして「Creative Entertainment Vision」を掲げ、クリエイターに向けた技術やソリューションを提供し、クリエイターが生み出すIPの価値最大化を目指しています。これらの方向性のもと、ソニーグループの主要事業の1つを担うソニー株式会社はどのような挑戦をしていくのか。ソニー株式会社の副社長 テクノロジー、インキュベーション担当である松本義典にその想いを聞きました。
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松本 義典
ソニー株式会社
副社長
テクノロジー、インキュベーション担当
テクノロジーの力でエンタテインメント事業に貢献する
──まずは、ソニー株式会社について教えてください。
2021年にソニーグループ株式会社発足と共に、ソニーのグループ経営体制が整備され、ソニーの祖業でもあるエレクトロニクス事業を担当し、その商号も継承したのが、現ソニー株式会社です。しかし現在では、ソニーブランドで知られるプロダクトに加えて、事業方針にもあるクリエイター向けの様々な技術やサービスにも事業範囲が及んでおり、テクノロジーをソリューション化して、エンタテインメント事業に貢献することを目指しています。
私はソニー(株)のテクノロジーは「新しいエンタテインメント体験を創り出すためのものである」ととらえています。これは今も昔も変わらないと考えています。
例えば、ディスクメディアは、ビデオテープよりも大きな映像データを格納し、家庭に届け、より高画質/高音質で臨場感のあるコンテンツを見られるようにするというエンタテインメントの新しい体験のためのものであり、ウォークマン®もユーザーが望む場所で音楽を楽しめるという新しい体験を実現させるものです。
ただし、これからもこれまで通りの技術開発を進めておけばよいかというとそうではありません。ユーザーが体験を楽しむ方法は以前と比べてより多様になってきていますし、エンタテインメント自体も進化しています。その変化にしっかりとついていき、新しい体験を創り出すことに貢献することがソニー(株)の役割だと考えています。
──ソニー(株)が現在取り組んでいる、エンタテインメントにおける新しい体験とはどういったものでしょうか。
空間コンテンツのクリエイションとその事業化に挑戦をしています。キーワードは「より良い空間体験を創る」であり、そのためのツールやソリューションを開発し、事業として展開していこうとしています。
空間コンテンツを活かせる場所は、メタバースやライブ、ロケーションベースエンタテインメント(LBE)など多岐に広がろうとしており、こうしたユーザー層の広がりやエンタテインメント体験の多様化をしっかりととらえ、ソニー(株)のテクノロジーを活かしていくことを議論しています。
その中で、注力している領域の1つがスポーツです。ソニー(株)のスポーツ事業はHawk-Eye Innovations、Pulselive、Beyond Sports、KinaTraxで構成されており、判定支援サービス、放送、デジタルソリューションを通して、スポーツの未来を変えていく取り組みを推進しています。
例えば、米国のプロアメリカンフットボールリーグであるNational Football League(NFL)とのテクノロジーパートナーシップを開始しており、CESⓇ 2025で発表のあったコーチ用のヘッドセットの開発や、次世代のNFLファンのエンゲージメント向上を目指し、Beyond Sports B.V.が持つ試合データのリアルタイムビジュアライゼーション技術を活用した3Dアニメーションでの視聴体験の提供などに取り組んでいます。
そして、メタバース分野(XR)での挑戦としては、同じくCESⓇ 2025で発表した、空間コンテンツ制作の支援を行うソフトウェアとハードウェアのソリューションである「XYN™」(ジン)がその1つです。
メタバースがこれからのビジネスや技術のトレンドになると言われ始めてから、社内外のいろいろな人と話をしてきました。そこで感じたことは、メタバースの事業を成長させていくにはまずクリエイション側を早く変えないといけないということでした。
現在の空間コンテンツのクリエイションにはすごく手間がかかるため、良いコンテンツを多く生み出すことが難しく、この状況だとなかなかメタバースは普及しないと考えています。そこで、単にハードウェアを売るだけでなく、クリエイションに適したハードウェアとソフトウェアをソリューションとして提供する。それにより、ソニーグループならではの新しいクリエイションの形を見せることができるのではないかと思ったことが、XYNの開発に着手した動機です。
クリエイションを進化させ、新しいIPを生み出し、育てる。クリエイション側を変えないと、メタバースは成長していかないと考えています。
クリエイターとともに新しい体験の実現に取り組む
──XYNを含め、良い空間体験、新しいエンタテインメント体験を作り出し、成長させていくにはどのようなことが大事になってくるのでしょうか。
現場に赴き、携わっている人たちと密にコミュニケーションをとり、クリエイションのワークフローを深く知ることです。テクノロジーだけに目を向けるのではなく、ワークフローの中でテクノロジーをどのように活かすことができるのかを把握しないと、クリエイションを変えていくことは難しいと思います。
また、クリエイションを変えていくことに合わせて、クリエイターが生み出したIPをどのような形でユーザーに届け、ビジネスにつなげていくのかを考えることも必要です。
エンタテインメントの体験は多岐にわたります。家庭で楽しんだり、テーマパークで遊んだり、デジタルコンテンツによるイマーシブな体験をしたり、グッズの購入などでアーティストやキャラクターを応援する推し活といった楽しみ方もあります。こういったさまざまな体験に、新しい技術を取り入れ、より良くしていくこともソニーグループの大きなテーマだと考えています。
ソニーは音響技術や映像技術といったクリエイションを支えるテクノロジーと、ゲーム・音楽・映画・アニメといった、数々の素晴らしいIPが生み出されるクリエイションの現場を有しています。そこで、生み出されたIPをさまざまな形でお客さまに提供することができる——ここがソニーの強みの一つだと考えています。例えば、人気ゲームシリーズ「グランツーリスモ」の映画化や先日のCESでも発表された同じく人気ゲームタイトル『Ghost of Tsushima』(のオンラインマルチプレイモード「Legends/冥人奇譚」)をもとにしたアニメシリーズなどです。
こうした強みがあるからこそ、ソニーは未来の新しいエンタテイメント体験を創り出せるはずだと信じています。
──このような挑戦を推進していくにあたり、何を大切にされていますか?
クリエイションのワークフローが個社で完結することはなく、多岐に広がり続ける体験を良くしていくために単独でできることは限られています。そのため、私たちも、ソニーグループ内外でオープンに連携していくことが大切であり、実際にいろいろな連携を進めています。
例えば、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントがロットを構えるカルバーシティにラボを置き、クリエイションの現場に近い場所でクリエイターからのフィードバックがもらえる開発環境を整えました。また、ソニー・ミュージックエンタテインメントとともに、ライブ体験やワークフローをより良くするにはどうしたらよいのかを検討するプロジェクトを、ライブハウスのZeppを使って進めています。
このように、自社のテクノロジーを、同じグループのエンタテインメント事業の現場でクリエイターとともに検証しながら開発を進められることは、ソニーの強みだと感じています。
空間コンテンツでは他に、シーメンスとともに自動車や航空機といった規模の大きな工業デザインに対する高品質な3DCG制作をより簡単で手軽なものにするための取り組みにも挑戦しています。
また、技術の連携も欠かせません。まず、デバイスの連携。3DGC制作のために空間をキャプチャする技術はソニー株式会社のデジタル一眼カメラα™の技術とソニーセミコンダクタソリューションズグループのイメージセンサーの連携があるからこそ実現できるものです。
そして、これからの新しい体験には視覚と聴覚の技術だけでなく、そのほかの五感を再現する技術も組み合わせたソリューションが必要になってくると考えており、ソニー(株)のR&Dではハプティクス技術や嗅覚に関する技術の開発に取り組んでいます。人間の感覚を完全に再現することはリソース的に難しいため、この部分は再現しなくても大丈夫、この部分は重要だというところの見極めが大事です。クリエイションの現場でそれらのテクノロジーをソリューション化して提供し、クリエイターとともに新しい体験の実現に取り組み、ノウハウとして培っていけたらと思っています。
エンジニアは“町に出よう”
──最後に、ご自身がエンジニアとして大事にしていること、そして、将来エンジニアを目指す人に期待することをお聞かせください。
自分の携わっている技術、製品、ソリューションによって、人の生活がどのように変わるのか、世の中がどのように変わるのかを考えながら技術開発をすることを大事にしています。
実は私は、高校時代に新聞部に入っていて、ジャーナリストを目指していました。しかし、当時発売された「ウォークマンII(WM-2)」に出会い、いつでもどこでも音楽を聴くことのできる体験を通じて、音楽がとても好きになり、価値観が大きく変化しました。このことがきっかけで、テクノロジーが人の生活をどう変えていくのかに大変興味を持つようになりました。
1990年にソニーに入社し、R&Dの光技術を研究する部署で、のちのDVDになるプロジェクトに加わったのですが、当時はVHSが主流で、家で映画を見るのはレンタルが中心でした。
開発チームのメンバーで、自分たちが開発しているデバイスが完成したら、VHSよりサイズが小さいのでコンビニでの販売や、雑誌の付録などにもなり、今よりも手軽に映像を楽しむ時代になるのではないかという話をしていたところ、DVD普及期に想像していた通りになりました。
エンジニアを志している皆さんには、視野を広げ、いろいろな人と出会い、知識の広さを培ってほしいと思っています。
テクノロジーが複雑になってくると、エンジニアの業務がどんどん細分化されていくため、「自分の担当はここだけ」となってしまう恐れがあります。一方で、テクノロジーをビジネスに活かすためには、これまでにお話しした通り、ビジネスのワークフローを知ることや、現場に赴き、技術がどのように活かされているのかを把握するなど、自分の担当領域よりも広い知識が必要です。
要は、町に出よう、です。
「この分野ならこの人、この現場ならあの人」といった人脈形成を自分の所属している組織の中だけでなく、外に出てオープンに進めていくことを期待しています。
