第5章
ビデオテープレコーダーの開発
第1節 業務用ビデオテープレコーダーの開発

業務用オールトランジスタビデオテープレコーダー PV-100(1963年)
音声だけでなく、映像も記録できるビデオテープレコーダー(VTR)。1957年にアンペックス社が最初の実用機を完成させると、翌年にはNHKや民放各社も導入し始め、日本の電機メーカーも開発に取り組んだ。ソニーはアンペックスの技術に追いつくことを当面の目標として、テープレコーダーで経験を積んだ木原が中心となり開発に取り組んだ。部品の加工などいくつもの難題があったが、試行錯誤の末にわずか2カ月でVTR試作機を完成させた。
だが、井深は真空管を使用した大型のアンペックス方式VTRに不満だった。「VTRの小型軽量化を実現しなければ、世の中の人が"普段の生活で使えるようなもの"にはならない」。この思いを受け、木原たち開発チームは、1959年11月にVTRのトランジスタ化を成功させ、小型軽量化のめどを立てた。
1960年になるとソニーとアンペックス間でVTR技術についての情報交換も行ったが、アンペックス方式ではヘッドが摩耗した際に4つの回転ヘッド全体の交換が必要となり、多額のランニングコストが発生する。木原たちは独自の着想により、ヘッド交換の容易な2ヘッドのトランジスタVTRの開発を進めることにした。
こうして出来上がったのが、世界初のトランジスタ式VTR SV-201。2ヘッドヘリカルスキャンタイプ、テープスピード7インチ/秒と、テープレコーダーと同じ速度で、当時のVTRの水準をはるかに上回る高性能機だった。ところが、アンペックス方式を採用している放送局には2ヘッドは喜んで受け入れられず、家庭用としては「大きすぎるし、高すぎる」という反応だった。
そこで、他のマーケットを開拓することになり、その用途に合わせて出来上がったのがPV-100である。従来放送局で使用されているものに比べて50分の1の大きさ。当時としては画期的に小さくなった。1963年7月に248万円で発売されたPV-100は、8月からは米国向けにも輸出され、まず病院、続いて学校、そして航空会社へと売り込まれた。その当時機内では8ミリや16ミリのフィルムを上映していたが、技術的な問題もあり、上映時間も短かった。そこでフィルムをVTRに替えてはどうかと、売り込んだのだ。PV-100は、1964年にアメリカン航空、パン・アメリカン航空に採用された。毎週新しいビデオコンテンツを供給するため、ニューヨーク郊外に「インフライト・VTR・サービス」というテープのダビング工場もできた。
PV-100は業務用に販売されたものだったが、放送局以外に活躍の場を広げ、井深の願う"普段の生活で使えるようなもの"に一歩ずつ近づいていた。また、この時期にトランジスタ製VTRを開発した木原や、アンペックス社との技術提携を任された森園正彦らが、VTRの基礎的な技術を社内に蓄積していった。この技術は、後に1インチVTRのオメガや2分の1インチVTRのベータマックスに受け継がれていくこととなる。
第2節 世界初の家庭用ビデオテープレコーダーの開発
「1台60キロで、何百万円もする機械は主義に合わないなあ」。従来の50分の1という大きさにまで小さくなったPV-100が完成した時でさえ、井深は満足せず、あくまでも家庭で使える大きさと価格を追い求めていた。
このコンスーマー商品への強いこだわりをかなえるため、木原はモーターから機構部分の加工技術までの各工程で効率化を図った。こうして1964年10月に発表されたのが、CV-2000だ。回転ヘッド方式やフィールドスキップという録画方式を採用することで、小型化と低価格を実現した。
CV-2000は世界初の家庭用VTRとして、翌年1965年に発売された。しかし、医療、工業、学校など業務用としてよく売れたものの、家庭にはあまり普及しなかった。販売側からは「白黒でなくカラーにしてほしい」、「誰でも操作できるように、カセットにできないか」という要望が寄せられた。こうして、広く家庭に届く商品を目指して、ソニーは新しいカセット式VTRの開発を始めた。最も大きな課題は、テープの装塡(そうてん)作業の自動化機能。テープに負荷がかからないローディング方式について検討を重ね、ついにUローディング方式という新方式を生み出した。上から見るとテープの流れがUの字を描いているように見えるこの方式を採用し、1969年に「ソニーカラービデオプレーヤー」を発表すると、大きな評判となった。
いよいよVTRが家庭へ入っていこうとする1970年3月、ソニー、松下電器(現パナソニック)、日本ビクター(現JVCケンウッド)、その他海外メーカー5社の間でカセット式VTRの規格統一が話し合われた。そこで合意されたU規格をもとに、1971年にソニーはUマチックとしてカラービデオカセットを商品化。同年にプレーヤー、翌1972年にレコーダーを世に送り出した。

家庭用オールトランジスタビデオテープレコーダーCV-2000(1965年 )

Uマチック試作機を紹介する井深(1969年)