2022年9月1日
魔改造の夜|エンジニアによる開発秘話
電気ケトルチーム ボイラ・電装・暖気班編:思いつくアイデアは全て試す。実験の積み重ねがマシンの動力を生み出した
左から吉竹、西島、村井、平野、于、矢部、川本
エンジニアたちが極限のアイデアとテクニックを競う、NHK BSプレミアムの技術開発エンタテインメント番組「魔改造の夜」。“子どものおもちゃ”や“日常使用の家電”を魔改造し、モンスターマシンへと姿を変える興奮と感動の夜会。その第5弾「ネコちゃん25m落下走」と「電気ケトル綱引き」に、ソニーグループのエンジニアたちが挑戦。1か月半魔改造に励み、闘いに挑んだ。
本シリーズでは、モノづくりへの熱き思いを持った挑戦者たちに迫る。
「電気ケトル綱引き」のモンスター開発に携わった通称「ケトルチーム」のうち、主にボイラ、暖気、電装の開発を担当したチームメンバーに話を聞いた。
「楽しくなりそう」
日常ではできないことへの挑戦に心が躍る
──まず、初めてお題を聞いた時には、どのような思いだったのか教えてください。なぜ「電気ケトル綱引き」を選んだのでしょうか?
西島:せっかく参加するからには、非日常を味わいたいと思いました。「ケトルでお湯を沸かす」というのは、日常に溶け込みすぎて、その仕組みを自分で考えるということは、これまで全くやったことがありませんでした。新しい経験ができそうだと思い、ケトル班を希望しました。あと、リーダーの坂根さんの存在も大きかった。良いチームができそう、楽しくなりそうだと、その時から直感していました。
平野:お題が発表された時は、笑いがでるくらい、何をすればよいのか全く見当がつきませんでしたが、直感的に「これって蒸気機関作るってことなのかな?」と思いました。“蒸気機関”という言葉は理系の心をくすぐる何かがあって、「俺たち、蒸気機関を作れるかもしれない・・・!」と思い、ケトル班を選びました。
吉竹:ケトルのお題は、ソニーにとって未知の領域でした。同時に、挑戦者としてライバルに挑めることに燃えました。チーム皆が初心者で、横並びでスタートできるのも、面白そうだなと思いました。
川本:私もチャレンジャーとして、挑めることは面白いなと思いました。あと、私自身は、通常の業務で1000kWレベルのエネルギーを扱うノウハウも持っていたので、チームに貢献できそうだと感じました。自分がゼロから作ったものが動くことへの、わくわく感もありました。
できるだけ易しい参考書で勉強するところからスタート
──「ボイラ」の仕組みを考えることからスタートしたとのことですが、苦労した点はありますか?
平野:全員にとって未知の世界なので、はじめは何をすればよいかわかりませんでした。ですが、苦労というより、むしろ楽しみながら取り組んでいました。ボイラの構造をつくるには、ケトルで沸かした蒸気を、決められた場所から送りだす必要があるので、初日はその実験をしました。ケトルにストローを差した状態で他の部分をふさいで、湯を沸かしてみる。そして、ストローの先から蒸気がシューっと出るか確認する。それだけのことですが、うまくいくとメンバー皆で喜びました。
西島:紙粘土で蒸気口を押さえたりして、本当に初歩的な実験から始めましたね。
平野:そもそも○○Mpa(メガパスカル)といわれても、実際にどれほどの大きさの圧力なのかわからない。それくらい、全く肌感覚がありませんでした。実験を繰り返し、ひとつひとつ学びながら進めていきました。
川本:初日にして、すでにケトルを壊してしまいましたよね・・・。
村井:“生贄”のケトルがどの程度の圧力に耐えられるものかを、確かめたかったんです。それで、ケトルのリミッターを外して、蒸気が外に漏れないように細工して実験してみましたが、思っていた以上に簡単に底が抜けてしまいました。
吉竹:ただ、そのおかげで、番組から支給されたケトルをそのまま使用するのか、全く別のボイラを新しく作るのか判断できました。そこから私たちのボイラ開発がスタートしたのです。
(左)Creative Loungeに置かれた 実験用のたくさんのケトル (右)ボイラ構造に関する作戦会議中
──一般的なケトルでは圧力には耐えられないということが分かった後、どの様にボイラ開発を進めたのでしょうか?
平野:全体の戦略も決まっていなかったので、まずは、法令の範囲内で最も高圧なボイラを作ることをめざしました。一定の容積に収めれば、高い圧力が出せると分かっていたので、その後は、それに耐える素材を探して、みんなでホームセンターに通って思い思いの素材を持ち寄っては実験をしていました。
矢部:ブレイクスルーを起こしたのは、于さんの空き缶だったと思います。
于:ボイラにできそうなものがないか、ホームセンターや雑貨屋を散策していたら、強くて丈夫そうな空き缶が目に留まり、試しに買って行きました。その空き缶が、最初の原理検証に役立ちました。
吉竹:どれほどの大きさの圧力が発生するのかも見当が付かないまま、実験したのですが、普通のスチール缶ではすぐに底が抜けてしまうと予想しました。ところが、于さんが持ってきてくれた缶は、意外と圧力に耐えられた。それで、市販の金属容器 に手を加えることで、十分な圧力に耐えられるボイラ構造を作れる見込みがたちました。最終的にはシリンダーへの蒸気充填はほぼ大気圧になったので高い圧力は使わなくなりましたが、その代わりに熱容量を小さくできる真空断熱のタンブラーを利用し、お湯が沸くまでの時間に短縮させました。
──ボイラの構造や素材で工夫した点はありましたか?
吉竹:ニクロム線の熱をいかに効率よく水に伝えるかが、ボイラ開発で一番重要なポイントでした。最初は、市販のヒーターを缶の外側に巻き付けて、缶ごと加熱するアイデアを試しました。しかし、外に熱が逃げてしまった。それで、水中にヒーターを直接突っ込む方針に決め、缶に収まるサイズのヒーターを自作することにしました。
西島:高温かつ絶縁にしなければならなかったので、ニクロム線を巻く素材の検討には苦労しました。扱いなれている金属やプラスチックは、耐熱性で条件を満たせないので、ガラスやコンクリートなど思いつく限りの材料を使い、試行錯誤を経て、最終的にはセラミックの板を採用しました。
矢部:なんでも手を動かしてみたのは良かったですね。常に思いついたことにトライする姿勢で取り組んでいました。
(左)様々な素材で試作と実験を重ねた (右)完成したボイラの内部構造
──「暖気」の機構は、どのように検討を進めたのですか?
村井:本番一週間ぐらい前から、検討を始めました。ボイラとシリンダを予熱する「暖気」は戦略的に重要でした。この仕組みがあったことで、ボイラで水を沸騰させる時間が短縮され、蒸気が冷めるのを防ぐこともできるので、十分な量の蒸気をシリンダに供給することができました。はじめは、私と吉竹さんが、近くに置いてあったドライヤーを改造するところからスタートしました。「これ、分解禁止って書いてないから、きっと分解してもいいよね(笑)」と。ドライヤーに強力なファンをつけて、基礎となる暖気マシンを作り、その後は、サーモカメラでデータを取りながら実験を繰り返して、形状や温度などを調整しました。基本順調に作業が進んだのですが、本番前日の夜になって、温風が全然出なくなるというまさかのエラーが発生して・・・。
平野:あれは、本当に大変でした。前日深夜に頭を抱えました。
村井:暖気中にドライヤーが止まってしまう現象だったのですが、結局、ドライヤーの中に1つだけ残していたリミッターが作動してしまったのが原因でした。
平野:リミッターを電気的に解除してしまう選択肢もありましたが、ドライヤーのヒーター自体が断線してしまったり、ドライヤーが熱くなりすぎてシリンダを壊してしまったりするリスクがあるので、リミッターを生かす方向で考えました。試行錯誤の中で、ドライヤーに取り付けたホースを動かして、ヒーターの中の気流をかき回すと、電熱線が均等に冷えて、リミッターが発動しないことがわかりました。 それで、本番ではホースをぐにぐにと人力で回して、解決するに至りました。
矢部:試技中の様子をみると、于さんがずっとホースをぐにぐにと回しています。「一体何をやっているんだろう?」と不可解に見えたと思いますが、実は、とても大切なミッションでしたね。
吉竹:最後の一週間、急ピッチで作業を進めた部分も多かったですが、暖気に関しては熱のシミュレーションも実施しましたね 。
村井:シリンダ班の安住さんが、自宅でシミュレーションを回してくれました。最後の最後まで時間を使って、シミュレーションを重ねて、実機を磨いた、チームの粘り強さはすごかった。
(左)ドライヤーを改造して自作した暖気マシン (右)暖気の効果をサーモグラフィーで測定する様子
業務で培った経験が、アイデアを結集した機構を実現した
──複雑な機構ができあがる中、全体の電気や制御の設計で苦労した点はありましたか?
平野:戦略も仕様も毎日変わるので、その情報を整理しながら、多少の仕様変更には耐えられる必要がありました。早い段階で、柔軟な電気回路を組めていたので、ボイラから出た蒸気を再加熱する「アフターバーナー」や、磁気エンコーダ—を使った「変速機構」などの採用されなかった機能も含めて、多くの実験を素早く行って、その結果で判断できたことは良かったと思います。最終的にはシリンダの本数を1本から2本に増やし、「暖気から試合時間までの秒数をフルに活用し、発生する蒸気を少しも無駄にせず使い切る!」という戦略を実現できたんです。
──エラーや調整が発生する中で、プレッシャーがかかる部分だと思いますがいかがでしたか?
平野:電装は最後までずっと、何か不具合があるのではないかという不安を抱えていました。電装の不具合で機構が根本的に動かないのは、画的にも地味な失敗ですし、何よりチームに申し訳ない。当日もかなり緊張していました。
村井:本番2日前にバグを潰せたのは良かったです。
平野:シリンダ2本にしてマシンを動かしたところ、シーケンスが途中で止まってしまうというバグが発生しました。シリンダ1本では安定して動いていたので、楽勝だと思っていたのですが、そうは問屋が卸さなかった。シミュレーションの積み重ねだけではなく、早々に実機を動かした実験ができていたのが、バグをしっかり潰せた要因だと思います。
吉竹:電装系は、特にソニーの強みが生きたところだったと思います。戦略をしっかりと練った結果、かなり複雑なシーケンスになったので、蒸気や冷却水のバルも、自動的かつ正確なタイミングで操作する必要がありました。このための制御をしっかり実装できたのは、メンバーが各部署で積み重ねてきたノウハウのおかげだったと思います。
各機構の開発と連携しながら最適な回路を導き出した
「最高のマシンにしたい」
自分にできることを常に探した1ヵ月半
──「魔改造の夜」に参加してみていかがでしたか?
平野:1ヵ月半、いろいろなドラマがあったので、本番でマシンが動いてミッションを達成できたことが、心から嬉しかったです。
吉竹:ルールの中で最高のパフォーマンスを出すために、レギュレーションの確認やアイデア出しにはかなり時間を使いました。その議論が戦略につながって、その戦略が本番でしっかりワークしました。
西島:笛が鳴り終わったタイミングで試合開始になるため、綱を引く前の湯を沸かす2分間の使い方まで攻めました。シリンダにできるかぎり多くの蒸気を貯えるため、2分ぎりぎりで笛が鳴るシーケンスを組みました。これが、本番も完璧な動作をしていて感動しました。一人一人ができるだけの努力をして、やり切った結果だと思います。
矢部:全員が、自分のできることを常に探してました。人に任せるというよりは、自分でもう少しできるか試してみようという思いがあったことが、成果に結びついたのだと思います。
川本:ソニーはチャレンジャーの立場でしたが、手探りながらもベストを尽くした結果、最高のマシンができたのだと考えています。メンバー全員に感謝していますし、本当にリスペクトできるチームです。
チームメンバー
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西島 拓弥
株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント
ハードウェアエンジニアリング&オペレーション本部
ロボットトイ「toio™(トイオ)」のメカ設計を担当。ソニーグループ株式会社 宇宙エンタテインメント推進室も兼務し、人工衛星の開発にも携わる。ボイラ開発を主導。
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平野 雄哉
株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント
ハードウェアエンジニアリング&オペレーション本部
toioのハードウェア開発・電気設計に携わり、ハードウェア開発はプロジェクトリーダーを担う。ボイラ検討の後は、電装に軸足を移し、容赦ない仕様変更にも対応。
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矢部 和宏
株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント
ソフトウェア開発本部
toioのソフトウエア開発を担当。本業の経験を生かして、電装・シーケンス制御など、ソフト系の分野を担当。
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于 海倫
株式会社ソニー・インタラクティブエンタテインメント
ハードウェアエンジニアリング&オペレーション本部
PlayStation®5の電気設計エンジニアとして、SoC開発を担当。電装の基板の開発に尽力した。ボイラ開発の原点となった“缶”を発掘し、本番では暖気のコントロールをしていた、キーパーソン。
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吉竹 大志
ソニーグループ株式会社
事業開発プラットフォーム
新規事業探索部門
宇宙エンタテインメント推進室で、人工衛星のメカ設計を中心に、システム設計や事業開発など幅広くプロジェクトに携わる。ケトル班でも、ボイラ試作の後、アフターバーナーによる加熱機構や冷却水の注入機構、暖気までオールマイティに担当。
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川本 大輔
株式会社ソニーコンピュータサイエンス研究所
プラネタリーナビゲーショングループ
ソニーコンピュータサイエンス研究所で、Open Energy System(オープンエナジーシステム)のプロジェクトリーダーを務める。電源・電気の専門を生かしながら、測定やケーブルなどの原理の検討もサポート。
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村井 宏輔
ソニー株式会社
イメージングプロダクツ&ソリューションズ事業本部
Xperia™に搭載されるカメラの電気開発担当。普段携わる数ミリワットの世界とは全く違う規模の魔改造に挑戦。ボイラの100ボルトの電源回りを川本とリードし、電装や暖気も手掛ける。 “お茶の魔”の施工主でもある。
